11310. ツイッターは排泄行為である

言論には「論評」が付き纏うものだ。

西浦仮説にも、囂々たる非難の声が「言論の自由」に守られて湧き上がり、マスコミは拡散に努めた。それが可能なのも、「自由」が保障された国家だから。

商業くそ漫画も、神動画も、コミケ同人誌や「なろう小説」も、すべての言動は「論評」されるのです。

それが気に入らないならマスコミに出なければいいと思います。

大勢の目に晒されなければ、凸は少数で終わる。

Twitterはブロック機能があるので、見ない自由は認められてますが、たとえブロックされても別のプラットフォーム(noteなど)でモノ言う権利は残るんですよね。

「目には目を」のハムラビ法典には「目には目も歯も」を禁じている。

刑事訴訟の場合は日本では起訴されたら99.9%有罪が出ると言うが、確定するまでは「推定無罪」であり、民事の場合は、被告が必ずしも犯罪者を指す訳ではない。

いわゆる「リベラル」が考える正義は、俺たちは正義だから何をしてもいいが、右翼側が俺たちに同じことをしても許さないってスタンスなのですが、今回、左の自由法曹団はどう反応するのか?

もう私には情報が入ってこないけど、これに関しては法律の世界に持ち込むのは正しいやり方だと思います。

言論には言論で

場外乱闘で裁判にしたければ裁判にすればいい。それは自由であり権利。

しかし、そこで得た個人情報を何に使ってもいいとはなってないはずです。