11816. コメント(11813)

(コメントいただきました)

11813. 『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 から引用 そして、この1年半、私が発信してきた内容は「公衆衛生に資する」を目的とした情報でした。公共性・公益性・事実性の3つの「価値」は、アンチ余命ブログだった頃とは桁が3桁ぐらいは違ってると思います。引用終わり

私は読者として、悪魔先生のブログが「公衆衛生に資する」役割を果たしていること、公共性・公益性・事実性を明らかに認めています。また、誰もブロックされることのないTwitter、誰もが無料で全ての記事を読むことのできるブログでは筆者、読者双方向の意見の交流が保障されています。このことは、悪魔先生のTwitter、ブログの公共性、公益性の価値をさらに高めていると私は考えます。
わざわざ申し上げる程のことでもないかもしれませんが、このブログに上記の価値があることを筆者が自称しているだけでなく、読者側も同様に認めている。共通認識が存在することを明確にしておきたかったのです。

(以上、ありがとうございました)

双方向の意見の交流が私の目指すところと、ご理解いただけて嬉しいです。

自分に異論を唱える人を片っ端からブロックして、「俺が一番」「誰も異論を挟まないのは、俺が正しいから」と楽園を築くのは、カルト化の一歩です。

自分の頭で考えろ  2016.10.10

聖徳太子でしたっけ?和を以て尊しとなす。って言ったの。

あれには前提条件があって、そこに「広く議論を興し」って書いてあったと社会科で習った記憶があります(古い記憶で間違ってるかもしれないけど)

議論があって、コンセンサスができる、これが民主主義です。

科学の世界も実は、それと同じことがあります。

論文はpeer reviewにかかります。査読が終わって掲載されてからも、反論ペーパーが出たり、「再現が取れません」ってなったり。Natureに再現がとれないデータを大御所が発表したために、その分野が枯れてしまったり。急にみんなが同じことをやり出して、すごく進歩したり。いろいろです。

私がこのブログで目指しているのは、「みんなで通れる道」を探すこと。

一人の視野では公衆衛生は成り立たないと思っているからです。

私はウイルスと免疫しか見てない。

でも、社会は様々な立場の人でできている。全員が同じ方向をむくことができる「最大公約数」は何なのか? を探すには、違った立場の人の意見が出てこなければ、なりません。

でも、違った意見が「正しく」出てくるためには、最低限、もってなければならない基礎知識がある。

(コロナ否定主義とはさすがに同じテーブルには着けません。)

私は高尚な文章は書けないけど、基礎知識を提供することはできる。

同じ日本語を話す人たちが集まって、小さくてもいいから、他分野の人も交えて、何ならみんなが受け入れられるのか?道を探す過程にこそ、意味があると思っている。

今回、私が宮澤大輔医師を最低だと思ったのは、私を狙うのではなく「いちご」「ゆきぴ」「Mari」さんを狙ったこと。私が大事にしている人たちを狙えば、私を支配できると考えた。

11785. ワイが一番氏12

科学の議論ってのは、そうやるもんですか?

違うでしょう。

目には目を、歯には歯を、論には論を、です。

テラスハウスの花さん(でしたっけ?) 自分をそっち側に置くつもりでしょうけど、世間の見方は逆ですよ。あなたが、YumYumさんと二人で、三人の女性を虐めている。

そうやって、私のサロンに人が集まらなくなれば、自分のところに人が集まるだろうって魂胆かもしれません。それでそっちに行く人は、ここを離れてくださって構いません。

神戸だろうが宝塚だろうが、どこへでも、ご自由にです。

一方で、議論に自分の経験・知見を提供してやろうって方は、どうぞコメントをお寄せください。

全て匿名で扱いますので、彼女たち三人のように誰かさんに狙われることはないかと思います。