11392. コメント(2021/7/26)

(コメントいただきました)

花菱さんの昔の投稿(悪魔2595に転載)の一部についてですが、往時の界隈にいた者として、今の感想を記させてください。

「日本を愛する仲間たちと、「日本再生の一手段」としての「余命三年時事日記」を、大いに語り合ってみたかったです。」

「主張の対立を工作員の攻撃と見做すような、先鋭化する愛国心の行き着く先は、思考停止の国粋主義です。」

「自分自身も「美しい日本」の一部であることを自覚し、そこに責任を負ってはじめて、日本再生は始まるのではないでしょうか。」

実に不思議なことに、「余命三年時事日記」により結ばれた数々の縁が、数多くの日本人を救っています。救ったとは言い過ぎかもしれませんが、取るべきでない行動を取らないで済んだ人は多かったのは確実です。控えめに言っても、感染者は数人減りました。医療資源がその分、消費されずに済みました。「日本再生の一手段」とまではいかなくても、日本をよくする一手段になりました。

昨今「ロックダウンが必要だ」「有無を言わさずワクチンを打て」「ワクチンがあればコロナから解放される」等の、過激な発言が多くみられます。市井の人のみならず、医療の専門家にも見られます。大御所にもいます。
しかし、本当にそうなのでしょうか?先鋭化した意見に一致団結するのは、果たして「正しい」「あるべき」姿なのでしょうか?もし、その意見が実は「間違っていた」のであれば?
大勢の意見に対し、あえて反対意見を主張することは大事です。言論の自由は必要です。あまりにも支離滅裂な意見であれば、相手にされなくなるだけです。ただ、その反対意見を聞きたい人は、必ずいます。
反対意見を言える場を自分で用意できないのであれば、場がある人に寄稿すればいいのです。スカートの陰に隠れて何が悪い。誰が投稿したかより、何が投稿されたかが重要です。

「多くの人に絶望を。それより多い人に希望を。」座右の銘ではありませんが、私個人の考えです。名前を挙げることはしませんが、「よりよい日本」のために絶望が与えられるべき人は、あまりにも多いと考えています。私は今まで何人もの人を攻撃し、また実際に幾人かの人生を破滅させました。しかし、それより多い数の人に幸せを届けたい、人生をよりよくできる手助けをしたい。この気持ちは、嘘ではないです。私の考える美しい日本の一つの形は、私が幸せになってほしい人が幸せになれる日本です。「幸せになってほしい人」とは、家族や親しい人などの狭い「身内」ではなく、「この人が頑張っている日本が見たいな」と思いたくなるような人です。
もちろん、人によって価値観は違いますし、価値観が統一されることはあってはならないと思います。しかし、「よいものはよい、悪いものは悪い」という、多少のひいきは、あってもよいのではないでしょうか。

(以上、ありがとうございました)

私は多くの人から、ブロックされています。宮沢、永江、峰、コロラドあたりの議論を吹っかけた相手だけでなく、空気感染ジャーを一緒に名乗っていた人からも。

それを不徳の致すところと反省すべきなのかも知れませんが、しません。キッパリ。

日本の「専門家会議」にコロナウイルスの専門家は入ってなくても、あのドリームチーム以上の働きは誰にも出来ません。水谷先生が彼らを批判などしてないことから、明らかです。

あれだけフェイスガードに意味がないと、されていても田村大臣は会見で使ってしまう。

情報弱者ミストはオリンピック会場で幅を利かせていたかも知れない。

学校現場のIT化はなかなか進まない。炭酸ガスモニターも普及しないけど教員いじめの拭き掃除は残っている。

多くの部分が足並みを揃えて進むことは難しい。どこかで「先へ行く」人が出てきて、その成功例を見て追随する人と、取り残されて身に染みて反省してからしか学べない人と出てくるのは仕方がないと思います。

昨年、「軽症」で病院に隔離されて「普通の風邪」だったと思っている人が二度目の感染で重症化するかどうかも、次のデルタプラス逃避変異株に感染する頃には、わかると思います。

自粛といえば頭に来るかも知れないけど「自衛」です。サバイバル。

生き残りゲームだと思えば、政府がどうの言ってる場合でないと思うのですよ。