10556. 小林秀雄とは何か?

という連載を見落としてました。

4回あるんだけど、1−3回までは私には難しくて理解できなかったのでパス。

4回目だけが読解可能でしたので、4回目だけを収録しておきます。

さて、このコロナ禍というのも、どうもこれまで経験したことがない新しい事態のようです。ところが、この新しい事態に対して、こんなのはインフルエンザと同じようなものだとか、集団免疫を形成すればいいとか、そういうありきたりの理論を持ってきて対応しようとした人たちがいました。これに対して、「ちょっとこれはいつもと違うから、よく見ろ」と判断して、大事を取って行動した人たちもいた。もっとも、「よく見ろ」と言ったって、既存の理論ももちろん活用しなきゃいけないのでしょう。しかし、既存の理論に当てはめて、これでいいんだと済ませてしまうような対応の仕方と、既存の理論をあくまで仮説としてとらえ、既存の理論が当てはまらないことがあったらすぐに修正して理論を更新していくという対応の仕方と、二つあったと思います。後者のほうの対応を、まさに専門家会議の先生たちはやっていたんですよ。

 だから当初の段階から「三密」というのを特定するなど、状況を確認し、認識を修正しながらやっていた。まさにそういうやり方であったからこそ、はっきり断定することができなかったり、慎重でありすぎたりした面もあったのでしょう。あるいは、読み間違えた面もあったかもしれない。けれども、すぐにそれをフィードバックして、別のやり方を進めていたわけです。それなのに、専門家会議の予測が外れると、それをいちいち「外れた」「外れた」と鬼の首でもとったかのように騒いで批判した言論人たちがいました。そんな彼らは、「コロナは風邪みたいなものだ」と言いふらしていた。つまり既存の理論で分かった気になっていた連中が、専門家会議を批判していた。専門家会議がコロナを新しい事態と認識して対応しようしているということを理解せず、後知恵で専門家会議を批判する人たちが、あろうことか「保守」を名乗って、戦争の反省を繰り返し、戦後の後知恵で戦時中の政治指導者を断罪する左翼を批判したりしてるわけです。しかし彼らが批判している左翼と、やってることが同じじゃないか。

適菜:小林の時代なら総力戦だったのだろうし、現在なら新型コロナかもしれませんが、国全体が緊急事態に巻き込まれたとき、小林は黙って事変に処した。そのときに「僕は釣りに行きたい」とか「僕はライブをやりたい」いう幼稚な人間ばかりになったら、そもそも国も社会も成り立ちません。これは保守的な自由主義理解の対極にある発想です。

中野:そうそう。戦後の後知恵で歴史を反省することに反発していた保守が、今回のコロナという新しい事態に対応しようとした専門家会議を後知恵で批判している。要するに、左翼の自虐的な戦争観を批判していた人たちは小林と違って、「かの戦争というのは、新しい事態に直面したことによって起きた悲劇である。だから反省しない」という理解ではなくて、「日本は、本当は、もっと良いことをやろうとしてたんだ」とか「ルーズヴェルトが日本を戦争に追い込んだんだ」とかいった程度の戦争理解しかしていなかったのでしょう。つまり、「本当は、もっとうまくやれていたんだ」というような調子で、歴史を見ているのです。

適菜:結局、馬脚を現したということではないですか。あの手の連中の動向を見ても、結局、新自由主義者や陰謀論者、デマゴーグ、カルト勢力のほうへ近づいていった。もともと「保守」でもなんでもなかったということです。合理的に歴史を裁断するというのは、対談の第1回でやった丸山眞男と一緒ですね。

中野:丸山と一緒なんですよ。戦争を良く言うか、悪く言うかの違いしかない。

適菜:小林は総力戦という新しい事態に対し、既存の概念を振り回す似非インテリより、国民のほうにシンパシーを感じたわけですよね。

中野:そうなんです。小林が「国民は、事変に黙って処した」って言ったのは、そういう意味なんですよ。

適菜:新型コロナにより社会不安が高まる中、素人、デマゴーグ、無責任な人、高を括る人、陰謀論者が「単なる思いつき」を大上段から語るようになります。新自由主義に脳を侵された自称保守の連中が、新型コロナ軽視発言を続けたのはそれほど不思議なことではありませんでした。彼らは国家の役割を軽視するからです。しかし、ある程度まともな言論を続けてきた人も、今回はかなりおかしなことを言い出しました。

中野:以前、佐藤健志さんを交えた鼎談で話題をさらった例の大学教授のことですね(笑)。

「ボクは自粛で山ほど嫌な思いをしています」とか駄々をこね、「自粛に賛成している者は社交を知らないガキ」だなどと書き連ねていた……。彼の文章は、文体からして酷かった。前回の対談で話題になりましたが、やっぱり出るもんですね、文体に。

適菜:あれには驚きました。「文系と理系」「社交がある人とない人」などと、新型コロナという「敵」に対して一丸となって戦うどころか、わけのわからない主張で社会を分断し、次々とコロナ陰謀論に飛びついていった。この背景には特にこの30年間で急速に進んだナショナリズムの衰退と国家の機能不全の問題が存在すると思います。もっと驚いたのはそれに同調する人間が出てきたことでしたが。

中野:昨年の第1波では、日本はロックダウンもできないし、政府も混乱していたのに、諸外国と比べると感染者数や死亡者数を低めに抑えることに成功した。特に去年の春の段階で、「これ、やばい」ってみんな思って、自主的にマスクをしたし、外出を自粛したわけですよ。強制力もないのにみんなで自発的に行動した。これは、「危ないから家にいよう」とか「人にうつすとまずいから、おとなしくしていよう」とか、日本国民がまさにこのコロナという未知の事態に「黙って処した」んですよ。危機になったときには、とりあえず、みんなで手を取り合って団結して行動しようという知恵が日本人にはあるんだ、と小林は言っていた。その話だなと思ったんです。それなのに、「へたれの日本人がマスコミに煽られて自粛している」とか、「過剰自粛は全体主義だ」だとか騒いだ知識人がいたわけですよ。戦後左翼は、「戦前の日本人は全体主義的でデマゴーグに従順に従ったからだめだったんだ」と考え、「戦後は自立した個人にならなきゃいけないんだ。だから日本を改革するんだ。近代化するんだ」とやってきた。しかし、戦時中の日本人は、自立した個人じゃないから政府の言いなりになったんではないんですよ。「これは、危ない」と思ったから、みんなで団結したという、当たり前のことをやっただけの話。そのことを小林は戦時中から言っていたわけです。今回のコロナ禍における国民の行動は、まさにそれですよ。

(以上、https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/917509/4/ より引用)

問題は、昨年の第一波で成功したストラテジーが、今の第四波では全く効かないことだ。

夏の第二波の前から、「緊急事態宣言は必要なかった」「コロナは普通の風邪の一種」「5類にすれば解決」「Ct値のカットオフを32にすれば感染者はいなくなる」なんてデマゴーグに踊らされ、「自粛のお願い」だけではやっていけなくなりました。

さらにこの春は、タピオカ屋PCRで偽物の安心を得て飲み会をする人たちが増えてしまった。

変異型が感染力が高いことを知りながらも、もう少し待てと言う助言を「政治が判断することだ」と先行解除した大阪の愚行が、東京にまで波及して行く。

中野&適菜さんら二人には、一年前の過去のことではなく「今」のことを論じて欲しいです。

それこそ「過去の成功体験」が目を狂わせてますよ。

その特別扱いが五輪で。

五輪の特別扱いが、結局、みんなの感覚が狂ってきた理由でもあり。