9422. コメント(2021/1/8)

(コメントいただきました)

悪魔の提唱 さま
関東は再度の緊急事態宣言が発令されましたが、ご身辺いかがでしょうか。
さて、歴史学者の磯田道史先生が春の宣言下の5月13日に読売新聞の歴史コラムに書かれていたことが教訓とされなかったことが残念でなりません。コラムではスペイン風邪でのアメリカと日本での対処について紹介し、感染症に対して楽観視する政治家に警鐘を鳴らしています。以下、最後の段落を抜粋します。ご一読いただければ幸いです。

(前略)ただ感染の初期段階や感染の波が一度弱まった時、政治家が危険を過小評価しがちな点には注意の必要がある。政治家や官僚には処置の失敗を認めたくない心理が働く。それで最悪の展開を事前には認めにくい。希望的観測にしがみつき、本当に状況がひどくなるまで抜本対策をためらいやすい。この楽観傾向の危険は少数の例外を除き古今東西・万国共通にみられる。それで感染の初期消火が遅れ悲劇が繰り返されてきた。この歴史を頭に置いて、世界の政治家には用心してもらいたい。

ご興味がおありでしたら、こちらにも磯田先生のコロナ流行に対するお考えが載っています。
https://www.j-cast.com/2021/01/02402180.html?p=all

(ありがとうございました)」

ご紹介いただいたサイトは勉強になりました、以下、抜粋引用します。

スペイン風邪が「3波」にわたって襲ってきたことを明らかにしたことが、さらに重要だ、と磯田氏は指摘する。それは以下のような経過をたどった。

第1波 1918(大正7)年5月~7月
高熱で寝込む人がいたが、死者を出すには至らなかった(春の先触れ)

第2波 1918(大正7)年10月~19年5月頃
26・6万人が死亡。18年11月は最も猛威を振るい、学校は休校、交通・通信に障害が出た。死者は19年1月に集中し、火葬場が大混雑になるほどだった(前流行)

第3波 1919(大正8)年12月~1920年5月頃
死者は18・7万人(後流行)

   「前流行」では、死亡率は相対的に低かったが、多数の罹患者が出たので、死亡数は多かった。「後流行」では罹患者は少なかったが、その5%が亡くなるという高い致死率になった。

   磯田さんは、未知のコロナ禍に対処するうえで役立つのは第一に「自然科学のウイルスの知識」であり、第二に「歴史的経験」であるという。今回のコロナと、スペイン風邪のような当時の「新型インフルエンザ」は違う。しかし「感染致死率は1割に達しないが、患者1人が2~3人にうつす感染力でパンデミックとなり、世界で多数の死者を出す」という点ではよく似ている。もちろん医療事情などで当時と今は違うが、今と類似の歴史現象で近代医学の記録が最も多く残されているのはスペイン風邪だという。

   そうした前提から、磯田さんは「感染症の日本史」の1章を「スペイン風邪百年目の教訓」にあて、速水氏の著書などを引き合いに、二つの感染症の比較と、そこから汲むべき「知恵」を導いている。その根幹にあるのは、感染の波は何度も襲来するということであり、変異をしたうえで致死率を高めることがある、という警告だ。

   興味深いのは、当時も「経済への打撃」や「医療崩壊」の危機があり、軍隊など密な集団でクラスターが発生し、貿易港神戸で働く人や市電運転手など、人の移動や接触が多い場所で働く人に感染が広がるなど、今と同じ現象が起きていることだ。それだけではない。当時も日本ではマスクの使用が奨励されたが、「アメリカのように強制的に、マスクを着けない者は電車に乗せないほどではなかった」(速水氏)という風に、百年前にすでに、「要請と自粛の日本文化」と「ペナルティを科す西洋文化」というコントラストがあらわになっていた。

   詳しくは「感染症の日本史」をお読みいただきたい

   磯田さんは、鷹山の天然痘対策から、非常時に指導者に必要な教訓を引き出し、次の9点にまとめた。

教訓1 一番どこが困って悲惨か、洗い出しをやり、救いこぼしのない対策をとる
教訓2 情報提供が大切。具体的にマニュアル化した指示を出す
教訓3 最良の方法手段を取り寄せ、現場の支援にこそ予算をつける
教訓4 専門家の意見を尊重し採用する
教訓5 非常時には常時と違う人物・事業が必要。変化をおそれない
教訓6 情報・予測に基づき計画し、事前に行動する
教訓7 リーダーは前提をチェックし、危うい前提の計画を進めないようにする
教訓8 自分や自分に近い人間の都合を優先しない
教訓9 仁愛を本にして分別し決断する

   磯田さんは、感染流行中には為政者や専門家の批判・非難はしないことを自らのポリシーにしている。感染防止の施策に、いたずらな混乱をもたらしてはいけない、という配慮からだ。

(以上、抜粋引用)


教訓6 情報・予測に基づき計画し、事前に行動する
教訓7 リーダーは前提をチェックし、危うい前提の計画を進めないようにする
教訓8 自分や自分に近い人間の都合を優先しない

目玉焼き理論やK値な度は、予測とは言えない。前提をチェックし、危うい前提の計画を進めないようにの中にこそ、入ると思うのは、何度も何度もピークアウト宣言が外れてることで、そろそろ分かって欲しいものです。

9076. 視察という名の接待

https://t.co/sXd9oAeu65

特に、自分や自分に近い人(ライブハウスオーナーやガールズバーなどの接待飲食店の都合)を優先してるのは、新宿歌舞伎町のホストクラブのオーナーから「教えていただいた」と宣うのに対して、一度も医療現場を慮ったことがないことからも、よく分かる。

記事の中でも強調されていたけども、百年前にすでに、「要請と自粛の日本文化」と「ペナルティを科す西洋文化」というコントラストは国民性だから、変えようとしても変えられない。むしろ、それを分かった上での行動が重要だと私は思っていて、だからこそ、同調圧力を毀損しようとする横紙破りが「予測を外した時」こそ、厳しく糾弾し退場させなければならないと思っていました。

その姿こそが「分断である」と批判する人がいることは重々承知しておりますが、これが私に与えられた「お役目」なのかと。為政者のことは私は政治家ではないので強くは言えませんが、科学に対しては同じ土俵でものが言えますので(そろそろ宮沢さんも私が何者か、わかってるでしょう)。2年目に回ってきたときにスペイン風邪は猛威をふるい、消えるまでに3年はかかったことから考えて、イギリス・南アフリカの変異を「弱毒」と言い切る人たちを育成してるウイルス学者に対して、何か言えるのは私ぐらいだと思うので。