9366. 医療崩壊も静かなら、死もまた静か

旭川の院内感染を起こした病院の静けさが気が狂いそうに怖いという記述をどこかで見た。

ところがコロナの患者では違う。風邪のように大したことがなさそうに日にちをかけて時間が経過する。どんどん悪くなるというよりも横ばい。しかしその後にふっと突然に呼吸のモニターの値が低下する。
患者に苦しいか?と聞くが、いやそんなに苦しくないという。意識もはっきりしているのだ。
胸が痛いとも言わない。それほど咳き込むわけでもなく、ゼーゼーヒューヒューもなく静かだ。全員ではないもののそれほどハーハードキドキもしていない。至って静かなのに酸素のモニターだけ下がる。酸素モニターを見なければ重くなっていると気づかない。患者は静的だ。
ここで人工呼吸器の選択をしない場合、静かにやがて呼吸が止まる。
これが私の経験してきたコロナの最期だ。

不謹慎だが、自分が死ぬときはコロナでも悪くないと思うくらい苦しまない。しかし、苦しがらない分、家族には突然の死がおとづれ、衝撃の大きい受け入れ難い最期なのかもしれない。しかも最期の面会もある程度、制限されてしまう。

実に静かにしたたかに人を殺すウイルスだと思う。私たちに風邪と欺き、油断させ、突如にアサシンのような本性を表す。特に年寄りに、持病がある弱者に。このウイルスを風邪だと思うなら、相手の思う壺だろう。

私は研修医に、データや画像ばかり見ずに患者の声をよく聞け、丁寧に全身を診察しろと指導してきた。しかし、コロナに関して、患者の見た目に騙されるな。モニターのデータを注意深く観察しろと助言したい。

(以上、引用)

血栓で死ぬ場合は、もっと突然だと思う。それこそ歩いてる人がバタンと倒れて死ぬこともあるし、台所で奥さんが冷たくなってるのを発見することもフェイクでなかっただろうと今なら理解できる。

政治家たちは、羽田議員の死で、やっと「新型コロナ」の病態を理解できただろうか?

年末年始に感染者が減るように見えても、それは検査が追い付かないだけ。

年明けに学校を休校にして欲しい。首相にはt決断して欲しい。