8096. 私が宮沢先生をヲチる理由

それを端的に書いてるのが、こちら。

新型コロナがあぶり出した「狂った学者と言論人」【中野剛志×佐藤健志×適菜 収:第1回】

佐藤:人間、何かを理解したくても理解できないということはありえます。ただし何かを理解したくないのに、理解できるということはありえない。知性は感情に束縛される、それだけの話です。

適菜:藤井氏は新型コロナの脅威を軽視する議論を続けてきましたが、自分に反対する意見を持つ人を感情的に罵倒し、「コロナ脳」などとレッテルを貼ってきた。

中野:別に放っておけばいいんじゃないですか?それこそ感情的に罵倒されたり、公開質問状を出されたりしたら面倒だ。しかも、彼にそんなに大きな影響力があるわけじゃあないんだし。今回の新型コロナを巡っては、いろいろ奇妙な議論が出てきたのは事実ですが、あそこまで変な言論を展開したのは、彼だけですよ。

適菜:ただ社会に対しては警鐘を鳴らさないといけない。議論がおかしな方向に行くと危ないですよと。

佐藤:現在起きていることは、何ら珍しい現象ではありません。危機的事態においては、不安に耐えきれず現実から目を背けたがる人々が必ず出るんです。で、そういう人たちを安心させる言説が出回る。需要のあるところ、供給は必ず生まれますからね。
 警鐘などと構えると、かえって話が分かりにくくなる。新型コロナに関する話を聞いて、溜飲が下がったり、ホッとする思いを感じたりしたら、信用してはいけないというだけのことです。とうてい溜飲が下がる状況ではないのに、溜飲が下がるからには、どこかに嘘があるのに違いない。

中野:確かに。

佐藤:騙されるのは知識不足のせいでもあるが、信念が足りない、すなわち意思が弱いせいでもある。映画監督の伊丹万作さんは、敗戦の際にそう喝破しました。うまい話には裏があると考える、この当たり前の分別を持っているかどうかなんですよ。
 「新型コロナが大したことなかったらいいなあ」とか「流行がすぐ終わってくれるといいなあ」と思うのは、まったく自然な心情。ただし本当にそうなんだという主張が出てきたときに、真に受けねばならない義理はない。

(以上、https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/624143/2/ から引用)

ここで彼ら3人の言論人たちは、自分たちのかつての盟友「藤井」教授を指して「あそこまで変な言論を展開したのは、彼だけですよ。」と言うが、だとしたら、その後ろにいる「専門家」の宮沢先生を見逃してはいけないと思うからだ。3人は自分たちが門外漢だと自覚しているから「専門家」を名乗る宮沢先生を直接のターゲットにできずにいる。だから、私の出番。

彼は、ずっと「接触感染」を中心に対策を言ってきた。大阪会議でマスク外しのパフォーマンスを行い、昨日のお昼の動画でも「今は感染者がいないからマスクは必要ないと僕が言わないといけない」と言ってました。

マスクをしてれば、ソーシャルディスタンスは要らないとか。

これから冬に向かうところで、妙なパフォーマンスをやられると「歯止め」が効かなくなるから、私は彼を監視しています。

4月からずっと「エアロゾル感染ルートは、接触感染ルートよりも少数のウイルスで重症化しやすい」を言い続け、空気感染ジャーと名前まで変えて、やっと彼に換気を意識してもらうことが出来ましたが、私がいなければ彼の100分の1作戦は肺炎予防にならず、ノロ下痢だけを避ける方策で終わっていたことでしょう。

「陽性になった人はほとんど“普通の風邪より楽だ”と言います。だから40代以下の若い人は、早くかかって集団免疫を獲得したほうがいいとも考えられる。一度かかれば二度と感染しない、というものではないけど、一度かかると次は楽です。

https://www.dailyshincho.jp/article/2020/08270556/

こんなことを言ってる宮沢先生は、若い人が亡くなるインパクトは、御老人がなくなるインパクトの何倍もあることを考えたことがあるだろうか?

基礎疾患がない一家の大黒柱が、働き盛りに妻子を残して突然死する。数が少なくても、市中感染が蔓延すれば増えてくる事例だと思います。エッセンシャルワーカーは、ずっと働き続けなければなりませんから。

壮年の死は、たった一人でも家族四人分の重みを持ってハレーションする。彼は例年のインフルで亡くなる可能性があったか? ただの風邪でも亡くなっただろうか?

そう考えたら「新型コロナは普通の風邪よりも楽」と言っていいのだろうか?

宮沢先生には、よく考えていただきたい。

永江くんもかつては私の監視対象だったのだけど、素人は専門家を名乗っている宮沢先生ほどの信頼が世間からは受けないので、放置しても大丈夫と判断し、私は「専門家」を名乗る宮沢先生を相手にすることに決めたのだ。

宮沢先生は「職場(京大)では孤立無援」と言ってた。誰もが遠巻きにしていると。大学側が注意してもテレビ出演もK値推しもやめないし。

となると、もう、これは悪魔にしか出来ない仕事だから。

私のブログは「アクセス数」に意味はない。誰が読むか、だけの問題で、読むべき人が読むなら、読者はたった1名でも十分だったりする。

エゴサありがとう、宮沢先生。

6764. 刺さるブログ