8083. 藁人形論法2

藤井&宮沢レジリエンスユニットがやったのは藁人形論法であると、かつての藤井教授の教室の准教授だった中野氏が喝破した。

西浦先生のSIRモデルを全く理解せず『感染が上がって下がるのを数理モデルは全く考慮せず、パラメーターを取り込まず意味がない、一方のK値は何度もフィッティングを繰り返して経験則で当たるんだから、こっちの方が意味がある』と言ってのける宮沢先生が、いかに愚かなことを言ってるのか、西浦先生が7月末に対談して出た記事から西浦発言だけを切り抜いておく。

私のツッコミは囲っておく。

「8割おじさん」のクラスター対策班戦記【前編】~ 厚労省のビルから北大の研究室に戻るにあたり伝えたいこと

西浦 博北海道大学大学院教授インタビュー/聞き手・構成 川端裕人(作家)

https://news.yahoo.co.jp/articles/7296592623494483d13edd5da3a75bb9eb35ee9b

「クラスター対策って、多くの人が感染するようなところを見つけて潰していくわけですが、第1波の頃、まだこのウイルスの性質がよく分かっておらず、実はもうちょっと少数の2次感染が起こるところも見ておかないと、制御できないんじゃないかと心配していました。でも結果的に、3月の上旬には一度、制御に成功できました。このウイルスが思っていたよりも『消えやすい』ことが分かったんです」

上がって下がる、そんなの西浦先生は最初からわかっている。

例えば、Rが同じ2の感染症でも、全員が2人ずつ2次感染させるようなものなら「全員」に対策しなければならないけれど、一部の人がたくさん感染させるがゆえに平均としてのRが上がっているなら、その一部の人たちや、そういった感染をしやすい環境を制御することで、平均を1以下に下げることができるかもしれない、という発想だ。
 さらに、こういう「Rの分布のばらつき」が大きい場合の特徴として、R0が1を超えていても、自然に消えてしまうことがあり、そちらの効果も期待できるという。
「1人当たりの感染者が生み出す2次感染者数を、分岐過程という確率過程で記述すると絶滅確率というものが出てきます。仮にR0が1を超えていても、実際のところでは勝手に消えていく確率が90パーセントですよとか、分布のばらつきが大きければ大きいほどそういう消えやすい傾向があるんですね。クラスター対策の最初の頃に僕らが悩んでいたのは、2次感染者を少ししか生まない人たちの曝露環境もちゃんと見ないと、そこで絶滅確率も変わってくるので、そこがどうなっているのか心配だったんです。その後いろんな地域で対策がうまくいっているのが分かって、このウイルスはやはり絶滅しやすくて、勝手に消えていく性質があることを強く感じました」
 だから、クラスター対策は、大きな感染の連鎖を断ち、その環境を制御して予防することで、ウイルスが「絶滅」するのを助ける、ということでもあった。ただし、こういった「消えやすい」性質に期待できるのは、感染者があまり多くない時だけだ。

「実は僕も押谷先生も、新規の感染者をいったんはゼロにできるかもしれないと楽観視していました。状況が変わったのは3月上旬から中旬にかけてです。イタリアだけじゃなくてアメリカ、ドイツ、スペイン、それからイギリスで、かなりのスピードで感染者が増えたんですね。これは衝撃でした。残念ながら、どれだけ検疫を強化しても、そういった国々から日本人は帰ってきますし、その中に感染者がいるのは避けられません。3月19日の専門家会議で僕も相当戦ったんですけど、当時はまだ経済重視で、つまり何か事が起こる前から引き締めるような選択肢はありませんでした。それで、その週末、すごい人出で、上野公園の様子なんかをテレビで見て危機感が募りました。そこで、僕は医学の医療従事者向け情報サイトm3に、『助けてください』という記事を書いた記憶があります」「この時期は本当に大変なことになっていました。後からの分析で実効再生産数が分かるんですが、東京では2.5ぐらいで安定的な値を取っていたんです。これは1日だけの瞬間風速じゃなくしばらく続いています。だから、日本でも欧米なみの大規模流行を起こす可能性があったということは明白です。でも、オリンピックが延期されることになった3月24日あたりから、小池百合子都知事がイベント自粛の要請など、どんどん手を打ってくれて、それに従って実効再生産数が落ちていきます。さらに、国の緊急事態宣言が出た後は、都市も地方も含めて皆さんが協力的に接触を削減してくれた成果もはっきり出ました。『自粛を要請する』って日本語が崩壊しているようなコンセプトですけど、それで流行が防げたこと自体は良かったかと思います。本当にそれで大丈夫なのかと心配でしたが、やり遂げました」

緊急事態宣言は必要なかったと言うが、緊急事態宣言の前から、安倍首相が電撃的に全国を一斉に休校にしたのが3月の初め。緩みの花見の3連休と言われる前には、寒波が来て人は動きを止めた週末があり、最後に「志村けん」さんが身をもって「80歳でなくても死ぬ病」であると示してくれたのが大きかった。

「人の接触を減らすのは、経済的なダメージが計り知れないわけです。僕らが泊まっているホテルの近くの飲食店でも、店を閉めることにしましたというところが出てきましたし、『レナウン』という名のある企業の倒産が当たり前のように新聞に出る状況は、異常な事態ですよね。そういうのを見ていると政府の対策として公衆衛生と経済のつなぎをどうするのか、なんとかもっとうまく政治的な解決手段を講じてくれないだろうかというのが最近までの自分の実感としての悩みで、感染者が増えた時に関しての明確な答えはまだないんです」

西浦・押谷・尾身先生らが経済のことなんて何も考えてないと言うのは、明らかな藁人形論法だと私は思う。政府に財政出動を西浦先生は求めてたと聞く。

「厚労省のビルの中にいてすごく困ることは、やはり自由に話せないことです。クラスター対策班が独自にコミュニケーションできる機会を得たのは、4月15日以降、直接に記者会見ができるようになってからでした。その第一回で、僕は、記者さんの前で、何もしない最悪の想定では、約85万人が重症化し、その約半分が死亡するという話をしました。被害想定が重要であるとメディア側からの要望もあって、とはいえ、想定される死亡者数を直接的に言うのはダメだと厚労省側から言われ、ああいう歪んだ言い方になりました。後で『西浦の乱』と書かれましたけど、この被害想定を僕が話すことは、官邸まで事前に通っていたことです」

「42万人というのは何も対策しなかった場合のプレインな数字です。それを言うと同時に、皆さんが自粛して接触を減らすことを徹底すると流行自体を抑えられる可能性が高いということや、その数を減らして、みんなで接触を減らして、徹底して頑張ってみようというような、励ましに相当する言葉がうまく伝わっていないんです。それで、分かったのは、これは、僕が言ってしまったけど、本当に僕が言うべきことなのかってことです」

いわゆる「インテリ」に当たる人が、医クラたちが、彼の意図を汲み、足りない言葉を補い、自分の周りの声が届く範囲に対し、自分の言葉で解説する必要を私は感じて、それが自分の使命であると思って、ブログとTwitterをやってきた。医療の足を引っ張るな、が私の主張だった。

「自分の立場はただの兵隊の1人ですので、これから戦いが始まる時に、『42万人亡くなります』と、司令官側が『公式ではない』と言うような数字を言うのはおかしいんです。むしろ、司令官がちゃんとそれを言った上で、だからみんなこうするぞ、みたいなことを言わないと。だから、理想的なのは総理大臣が、国民の皆さんに向かって、原稿を読まず、心から語りかけることだったと思います。科学者の試算は蓋然性が高い。でも、これは最悪の場合の数字で、接触を減らせれば、ゼロが1つ、2つ取れていくから、みんな一緒に頑張りましょう、と。でも、僕が言うことで、数字だけがひとり歩きして、引き締めき効果はあったかもしれないけれど、そればかりが強調されすぎました。その跳ね返りが解除後の行動に影響するのではないかと心配しています」
 跳ね返りにはいろいろな形がありうるのだが、ひとつすでに見られるパターンとしては、本稿をまとめている6月はじめの時点で、「結局、亡くなったのは九百人くらいだし、あの42万人というのは間違っていた」という議論が出てくることだ。「最悪の想定を回避できて良かったね」と、みんなで勝ち取った成果として受け止めるのではなく、科学者への不信の理由にされてしまうと、今後の対策にも影響を与えかねない。

この懸念は的中した。その急先鋒となったのは、ホリエモン&ノビー&永江らのアゴラ一派ではなく、京都大学レジリエンスユニットであり、ウイルス学者だったことが私には残念でならない。「専門家」の顔をしてやったのだから、責任を取って貰おうと思って追及していく。

「僕自身、8割の話ばかりを発信する役割を担い過ぎたので、反省点も大きいです。8割は厳し過ぎて経済がダメになっちゃうから、被害をある程度受け入れて経済を回したほうがいいよというような、そんな思いになってしまう人も出てきたと思います。そうすると、今度は逆に自粛警察的なものも出てきて、それもよくないことです。この件で、効果的なメッセージを出せるのは大臣か総理だったのでしょう。8割の外出自粛というのは大変なんだけども、ここで一回感染者が減ったら、ゆっくりと徐々に社会経済活動を戻していって、本当にハイリスクな部分だけをうまく抑制しながらやっていけるようになるはずだから、そこまで頑張ろうというようなメッセージですね」「専門家の僕たちが、直接にリスク管理の話をし過ぎるというのは決して良くないと思っています。僕たちは、あくまでもリスク評価のデータ分析をして結果を出すところまでが専門で、リスク管理はしっかりと政治にお返ししますよという形を作らないと」「イギリスのやり方ですが、チーフ・サイエンティフィック・アドバイザー、主席科学顧問が任命されて、科学コミュニケーターやクライシス・コミュニケーションの専門家に助けられながら、国民にメッセージを発する仕組みがあります。今回も、京都大学の山中伸弥教授が、ウェブサイトなどで発言してくださっていますが、山中さん、あるいは、より良いのはクライシス状況にも百家争鳴しがちな科学コミュニティ内の調整に長けた人が、専門家会議からも政府からも独立して発信できる公的な仕組みを実装していくというやり方もあると思います。やろうと思えばできることです」「結局、8割の接触減ができるのは、4月、5月だけだったかもしれないんです。今後、クラスター感染が見られたハイリスクの環境を最後に残しつつも、段階的に社会が開いていくことになります。それも身体的接触を最小限にとどめつつです。それで抑えられなかったらまた集団レベルでの接触削減が必要になるんですが、でも、みんなまた同じことができるんでしょうか。そのためには、社会として自己効力感を持つことが必須なんですが……」「新規感染者がやっと減り始めていた時期、5月14日の専門家会議の記者会見で、副座長の尾身茂先生が優しい声かけで記者さんたちに言ったんです。『皆さんもこんなのは二度としたくないですよね』って。すると、そこにいた記者たちが全員、いっせいにうんうんと深く頷くんですよ。『うわー』っと思いました。そりゃそうですよね。皆さん、たぶんどんな意見を持っている人でも、政治的な立場がどうだろうと、一致している意見だと思うんです。だから、単につらい体験というわけでなく、リーダーが『みんなが頑張ったのですごいぞ。社会、コミュニティとしてやれたぞ』って、正直に喜びを分かち合える機会があったほうがいいと思います。そのために一番ふさわしいのはやはり政治的リーダーだと思います。そして、再び同じ思いをしないためには、『もう少し頑張ろう』とみんなが奮い立って、ここからの予防をしていくと、感染者が異常に増えるのを避けられるかもしれないわけです」

 ただ、政治的なリーダーがそのようなことに向いていない場合、どうすればいいのか。科学的な発信については、「科学顧問」のような役割が想定できるということだったが、こちらはもう少し位相が違う話だと思う。また、各国を見ていてもそのような「適切に鼓舞できる」政治のリーダーを今この瞬間に持ち得ている国は、それほど多くないように見える。そこを政治に求めるのは、かなり運にも左右されることだろう。
「政治家がダメなら、芸能人ですとか、あるいは文化人でしょうか」と西浦は悩ましげに言う。この場合も、今の時代、全国民的な支持を得る芸能人も文化人もなかなかいない。小さなリーダーがたくさん登場するのが現実的な解なのかもしれない。
 なお、「小さなリーダー」は効率が悪いかもしれないが、西浦が抱える、ある種のジレンマをやわらげる可能性はある。

小さなリーダーなら、日本には大勢いる。その数の多さ、つまり「中間層のレベルの高さ」こそが日本の強みなのだ、一億総中流社会だった名残がまだ残っている。突出した傑物がいない代わりに、底が上がっていて、落ちが少ない均質な社会の中では、誰もが自らのリーダーたり得る資質をもっている。

「この感染症は、社会的な弱者のほうへと寄っていく傾向があります。具体的にいうと、今東京で最も再流行を心配しているところは夜の街なんです。もし軽症だったら病院には行けないような人たちが感染しますし、イギリスでも貧困層に感染者が多いという傾向が出ています。シンガポールでは、外国人労働者が雑魚寝をしているような環境でクラスターが起きているようなこともあって、日本で同じ状況になっても不思議ではありません」

「もう一点、心配なことがあります。それも差し迫ったことです」と西浦は続けた。
「3月に入って欧米からの帰国者が大きな感染の波をもたらしたように、当面の大きなリスクは海外からの流入です。例えばですが、アメリカの流行対策は日本と比べるとあまりうまくいっていません。今恐怖なのは、そんな国が、流行の制御をある程度諦めて経済を回すために国境を開けることなんです。実際、アメリカでは、実効再生産数が1を切ったところで経済を回そうという話が出ています。これって、流行がピークを越したということではありますが、まだまだ感染者が多い状態です。日本ではしっかり感染者数を下げてから開放しようとしているわけで、相当感覚が違います。でも、トランプ大統領に『今国境を開けよ』と言われて、日本の政治が抵抗できなかったら、次の大きな流行が起きるきっかけになると思っています。だから、日本の政治には毅然とした態度で臨んでほしいです」
 そして、もしも政治が耐えきれなかった時には、行政の頑張りどころだという。
「政治が折れてしまったら、行政で全力で抵抗してもらいたいんです。入国管理局は入管法、厚労省で検疫法。これらを駆使して、運用する中で、すぐには入国してこれない仕組みを作ってほしい。厚労省のビルの中にいて知り合いも増えて、本音で話してもらえるようになってきましたが、対策本部のメンバーも検疫を司る検疫所業務管理室の人たちも、いったん苦労して感染者の数を下げたのだから、再流行させたくないというのはみんな思っています。国としての方針が決まっても、現場での実施のさじ加減は行政で決まります。全力で抵抗しようと思ったら抵抗できるし、全力で緩めようと思ったらそれもできます。そこを諦めないでやってほしいんです」「三月中旬の頃、僕や押谷先生は『ああ、もうすぐ来る』って、ひしひしと全身で感じるぐらい、感染者が増え始めていました。それと同じような状況になりますから、対応を間違えれば、『また接触削減』ということになります。政治も行政も折れずに頑張ってもらって、次の大きな流行を起こさずにやっていくというのが、ワクチンができるまで時間稼ぎをしながら乗り切るための、一番大事なポイントの一つではないかなと思っているところです」

「流行対策が始まった頃は、クラスター対策を形作らないといけないので、どんな場でクラスターができるのか、リスクが高いのは環境なのか、人なのか、あるいはウイルス量みたいな生物学的な要因なのか、といったものがまったく分かっていませんでした。そういう議論をオフアワーの疲れ切った中でもやっていましたね」「毎金曜日はWHOの『モデリングコール』というのに出ています。各国の感染症モデルの研究者が、今自分の国でこういうものをやっていて、あるいは科学的に重要な見解としてこういうものがあって、みんなはどう思う? といったことを聞けるところです。そこでは、もし軽症だったり、無症候性の感染では抗体が付かないときはモデル上でこういう修正ができると思うんだけど、どう思う? みたいな、そんなアイデアさえ出始めていて、みんな素早いなと感心します。自分は厚労省のビルの中でひいひい言っているだけではいけないと自戒の念を抱き、遅れを取り戻さないといけないと強く感じますね」

宮沢先生は、数理モデルをあまりに舐めてるのが、わかるだろうか?彼らは、単純に説明できる所を一般人には見せているが、裏では様々なパターンを試し、より現実に即したシミュレーションができないか?日々、工夫を凝らしている。単にゴンベルツ曲線を描いて、それにフィットするまで基準日をずらし続ける「雨乞い占い師」のようなことをやってるK値とは、全く「科学としての厚み」が違うんです。西浦批判をしてる宮沢先生には理解できる頭がないことを露呈してるんだが、それを彼は全くわかってない。あまりに恥ずかしいから、もう黙った方がいいよ。

「必ず再流行すると思っています。小さい規模でも再流行が起こり、それに対応することがまた繰り返されると思います。そこで皆さんがまた学習をして、新しい生活様式が根付いていくことになるのかもしれません。今のように経済的な理由で前のめりになって、なし崩し的にリスクが高くなるのではなく、ハイリスクのところだけを止めてスマートな接触の削減ができるようになって、流行が防げるんだという状況を、何とかして形作っていかないといけないです」「これから、どんどん生活が変わっていってその中でいろんなものが戻ってくる中で、文化活動とスポーツ活動は画期的なランドマークになると思っています。だから率直に皆さんに喜んでもらいたいと思うんです。例えばプロ野球やJリーグが、無観客でも私たちの生活の場面に戻ってくるということ。そういうのは、全員で勝ち取った一つの勝利になるんですよね。だから、政治的な面では諸説入り交じるんですけれども、あくまでその文脈で言うと、世界中のアスリートが真剣なまなざしで、人生を懸けて戦うオリンピックも、この感染症に関して人類が勝ち取るものとして、とても大きなことだというのは間違いないです」

https://news.yahoo.co.jp/articles/602a038dc47f6aa1a3952ba5f318888f50cc0713

ひきこもり体質の私にとっては、オリンピックに興味はなく、ライブハウスなんて必要ないし、キャバクラやホストクラブなんて滅べばいいと思っている。しかし、西浦先生は真っ当に、そこまで考えている人間らしい巨人なのだ。宮沢先生も、そろそろ藁人形論法は辞めて、ちゃんと彼が何をしてきたのか、見て欲しい。

8076. 藁人形論法