8068. 断言する専門家

私のネットデビュー戦は、「弁護士大量不当懲戒請求事件」に至るネトウヨウログ「余命ブログ」に対するアンチ活動でした。(私の属性もネトウヨなんですけど)

そこでつくづく思ったのは、断言する専門家はいなくて、だから専門家よりも断言する素人の方に、人はついて行ってしまうのだなぁ、と。余命翁と尊称で呼ばれていた爺さん(3代目余命)の正体は元タクシー運転手だったのだけど、なぜか安倍首相を呼び捨てにして、安倍政権のフィクサーのように振る舞い、人気を集めた。弁護士さんの方が法律の専門家なのに、弁護士の言うことを聞かずに、「弁護士は法の専門家ではない」などと言い放つ余命の言葉を信じ、訴訟に発展するような事件を起こした。

今回のコロナ禍で、専門家は誰一人として自分がもっとも新型コロナを知ってるとは言わない。なぜなら「未知」のウイルスだからだ。患者の数も欧米に比べて日本は少ない。臨床医であっても、数多く症例を積んだベテランの臨床医を名乗れる人は、指定病院の限られた医療チームだけになる。彼らですら言えることは「自分の診た範囲では」になる。人のコロナウイルス学者は、ほぼ感染研に限定されていて、新型コロナバブルで入ってきた新規参入組(河岡研や北里大を含め)誰もが自分の「専門」は別のウイルスにあるとの意識を持っている。

宮沢先生だけなのです。自分が患者を診たこともないのに臨床医の三鴨先生に向かって、新型コロナを培養したこともないのに感染研の所長=専門家会議の脇田先生に向かって、自分こそが「専門家」であると名乗ることができる神経を持ち合わせているのは。

その圧倒的な「自己肯定感」の前に「頭を真っ白に」してしまった人たちが信者となる。藤井教授はまさに、「自分は専門家ジャないから、専門家の言うことを鵜呑みにします」って低姿勢で、宮沢先生に帰依した。

「インテリ」として、これ以上ないくらいに恥ずかしい姿だと私は思います。かつての盟友たちも、きっと、その姿には我慢ができなかったから、こんなことを書いたんだと思います。

西浦批判の繰り返しこそ「全体主義への大衆煽動」【中野剛志×佐藤健志×適菜 収:第3回】から引用

■現実を直視する者と、頭を真っ白にする者

中野:日本での年齢別の感染者の割合が出ていて、重症化したり死んだりしたのは60代、70代、80代以上と年寄りばかりなんですね。若者はほとんど死んでいないし、重症化もしていない。そのデータを見せて藤井氏が言っていたことは……。

佐藤:「(大学講義風で恐縮ですが……)皆さん、まず頭を真っ白にしてコレをよーく見て下さい」(5月9日付ツイート。カッコは原文。https://twitter.com/SF_SatoshiFujii/status/1258883421515866112

中野:そう。しかし、「観察の理論依存性」と言って、科学哲学の初歩的な問題ですけど、データは、頭を真っ白にしてしまったら、何も読み取れなくなってしまうものなんですよ。

佐藤:そもそも頭を真っ白にしたら思考能力がなくなります。読んで字のごとく、ホワイトアウトなんですから。コンピュータで言えば、ハードディスクを初期化するのと同じですね。

中野:専門家とか知識人を名乗るんだったら、頭を真っ白にしたら理解できないデータについて、「このデータは、こういうふうに解釈するんですよ」と解説しなければならない。このケースでいうと、一般人は「ああ、重症になったり、死んだりするのは高齢者だけだ。若者は感染しても平気なんだ」と安心してしまう。でも、テレビで解説されていましたが、重症化とされてカウントされているのはICUに入れなければならないような人だけだそうですね。

適菜:入院が必要な「中等症」もあります。血栓ができたり、若い人でも後遺症がかなり残る。

佐藤:しかも脳に出たりする。「オー・ノー」というやつで。

中野:そうらしいですね。しかも、米疾病対策センター(CDC)によると、高齢者と基礎疾患を持っている人だけではなくて、妊婦も危ないのだそうです。これは、先ほどのデータを見るだけでは分からないことです。加えて、「感染者数が膨大に増えたら、割合が低くても死者数は増える」「若者は感染してもいいというけれど、その人達が増えたら、年寄りに感染させる機会は高まる」といった解説も耳にしました。もっと言えば、このデータは、医療崩壊が起きていない時点での数字に過ぎません。つまり、専門家会議などの感染症や公衆衛生の専門家が、素人がデータだけを見て「たいしたことない」と油断するのを恐れて、一生懸命解説し、警告を発しているのに、その一方で「頭を真っ白にして見て下さい」と呼びかける大学教授がいるわけです。いったい、どういう指導を学生にしてるんだと。

適菜:これはよくないですね。

中野:呼びかけるべきは、むしろ「頭を真っ白にする」ことの危険性でしょう。大衆を煽動し操作するには、大衆の頭は真っ白のほうがいい。私に言わせれば、「頭を真っ白にする」ことは、全体主義への第一歩です。
 専門家会議の先生方は、公式な会議の場以外でも、自分達で自主的に集まって、土日も含めて、ガンガン怒鳴り合うような議論をしていたのだそうです
https://diamond.jp/articles/-/240982)。そこには、お互いに対するリスペクトと国民を救いたいという強い使命感が共有されていた。私は「何て素晴らしい先生たちなんだ。こういう先生方が日本にはいるんだ」と感動しました。これこそ、まさに熟議の典型です。それに引き換え、「皆さん、頭を真っ白にしてこのデータを見てみましょう」などと、よくもまあ……。

適菜:平成の30年では「1度リセットして」というファミコン脳の人たちがいろいろ出てきました。

佐藤:「自分では何も考えず、僕の主張を鵜呑みにして下さい」と言うのと同じになってしまう。国民を救いたい気持ちはともかく、リスペクトがあるとは言いがたい。ジョージ・オーウェルではありませんが、まさしく「無知は力」ですね。

これはまさしく藤井先生が宮沢先生に対してやったことで、宮沢先生の受け売りに徹することにした藤井先生が、大衆に対して同じことをやろうとしたわけです。教祖の言葉を布教する幹部としてね。

なぜ、宮沢先生の独壇場になるのかといえば、本当の「専門家」たちは手が離せないくらい忙しいからです。テレビのワイドショーなどに出てられない。

岡田晴恵先生に比べたら宮沢先生の方がずっとウイルスを知ってたのも、宮沢先生の言うことを鵜呑みにすればいいんだと、思わせた。岡田さんと比較するもんだから、やっと本物が来た!って思ったんでしょうね。

私がチクチクやるのも、この状況はよくないと思うからです。相手が専門家を名乗るからこそ「悪魔の提唱」が必要だと思うから。

頭を空っぽにして、教祖様の声だけを信じるようになった余命信者たちは、どんな破滅的な人生を送ることになったか、多い人では100万円近い賠償金を抱えることになりました。(うまく逃げた人でも15万は超えている)

お金で解決がつくなら、いいんです。命は一つしかない、自分は良くても大切な人に感染させる可能性はある。

「未知」の感染症に対して、最初は安全側に寄せるのが公衆衛生の基本中の基本です。日本の死者数は少ないと言うけど、高齢者の数は世界有数。人口構成の若い東南アジア諸国よりもずっと死者は出てるんです。ありもしないキクガシラコウモリウイルスへの免疫なんてものに騙されてはいけない。

宮沢先生は自分は帯広畜産大学で公衆衛生も教えていたって言うけど、それ、人間の公衆衛生じゃないでしょう。産業動物の命の扱いと、人間は一緒になりません。

K値の大阪も同じ。

大阪会議のアドバイサーは知らんふり。