8049. ピーター・デューズバーグの罠

南アフリカはHIVの感染が酷い国だが、その原因は大統領がHIVがエイズの原因であることを認めなかったことにある。

この話はそこそこ有名だと思うが、その裏に「科学者」の関与があったことをご存知の人はいるだろうか?

ピーター・デューズバーグ(1936~)は元々がん遺伝子の研究で目覚ましい業績を上げた人物――『最初の本物のがん遺伝子(src)を同定して染色体上に位置づけたのは、デューズバーグである』(P42)――であったが、1980年代に突如自説を捨てて『遺伝子の変異ががんを生じさせるという見方を完全に否定』(P45)し、さらに当時進みつつあったHIV研究にも異を唱え始めた。HIVは83年にパスツール研究所のリュック・モンタニエら(2008年ノーベル賞受賞)によって発見され、ほぼ同時期にアメリカでもロバート・ギャロが分離に成功する。大きな話題となっていたHIV研究について、デューズバーグはことあるごとにかみついた。ギャロとデューズバーグとの論争はやがて中傷合戦へエスカレートする。『両者のやりとりは個人的な攻撃で、科学的議論と言えるようなものではない』(P60)

デューズバーグは助成金を打ち切られて学会の主流からはずれていくが、それはあくまで彼のがん研究が主流からはずれたことで助成対象でなくなったことに原因であるのだが、デューズバーグはHIVに異を唱えたせいだと陰謀論を唱えるようになる。さらにギャロとの論争の中で最初はHIVが原因かどうか疑問を呈すだけだったのが、エスカレートしていくうちに原因説を否定して、HIVではなく貧困や麻薬やHIV治療薬などの複合的要因こそがエイズの原因だという説を唱えるようになる。しかも科学的根拠なしに。

『デューズバーグが主流派から相手にされなくなったのは、エイズについてまちがっているからというより、むしろ、その極端で排他的な考え方と、重要で、しかも説得力のある他者の見解を押しのけて持論を押し通す、科学に背を向けた態度を嫌われてのことなのだ。』(P78)

元々学会の異端としての振る舞いが目立っていて、議論になると、ときに彼の極端な意見が議論を生産的な方向に進めることもあったが、本書の彼の発言を読んでいくと、基本的には何かと逆張りしたがる「釣り師」であったようだ。逆張りが過ぎて主流から外れてしまった彼は、「HIV/エイズ否認主義」に固執してその正当性を訴え始める。変り者でも、いや、変り者であるがゆえに支持者が付き始め、そのキャラクターを面白がって各種メディアが彼を取り上げるようになり、彼は学会の陰謀で追放された英雄・犠牲者というストーリーを組み立て、インターネット上でもウェブサイトを作成して積極的に発信して支持を広げる。

『デューズバーグは議論を戦わせ、自分の正当性を認めさせるためなら、道理にはずれようが、社会に大きな損害をもたらすことになろうが、おかまいなしなのだ』(P81-82)

2000年、デューズバーグは、彼らのウェブページを見て否認主義を信じるようになったムベキ大統領に招かれて南アフリカ共和国エイズ諮問委員会の委員に同じ否認主義者たちとともに任命され、同委員会の専門家とされる人の過半数が否認主義者で占められた。その後のことは前述の通りだ。

(以上、引用)

私には某氏に重なって見えるのだ。

キクガシラコウモリのウイルスに対する交差免疫を持つからだと主張するなら、まず、そのウイルスと血清反応を証明してからにしろ。