8022. 「専門家会議」の功績を貶めた学者・言論人

7971. 中野剛志(評論家) 続き

中野:専門家会議も、分析や提言を分かりやすく何度も公表し、記者会見も何度も開いた。マスコミにも露出した。本当に頭が下がります。専門家会議の先生方や西浦先生のストレスは想像を絶するものがある。彼らの言っていることを聞いているとよく分かるのですが、彼らに対する批判は的外れなことが多い。要するに批判者たちは、専門家会議があれだけ発信しているというのに、何を言ってるのか聞いてないんですよ。

佐藤:人間、何かを理解したくても理解できないということはありえます。ただし何かを理解したくないのに、理解できるということはありえない。前回も出た話です。

中野:藁人形論法かどうかであれば、批判された人の意見を聞けば、素人でも分かります。第1回でも言いましたが、尾身氏も西浦氏も「感染リスクをゼロにしよう」などとは言っていない。緊急事態宣言や接触8割削減を求めたのは、尾身氏が言っていたように、医療崩壊が怖かったからです。医療崩壊しないように感染リスクをコントロールすることを目標にしていました。医療のキャパシティが小さかったので、感染者数がたいして多くみえなくても、外出制限を求めざるを得なかった。また、仮に新規感染者数が減るフェイズに入ったとしても、累積で入院者数が増えていけば医療崩壊してしまう。だから、厳しい措置をとり続けた。こうしたことは、感染症学や公衆衛生はド素人の私でも理解できましたよ。

適菜:医療のキャパシティの問題なんだと。医療体制を整えるための時間稼ぎですね。

中野:そうです。尾身先生たちは、医療のキャパシティが問題だと明言していました。しかし、藤井氏の公開質問状は、「新規感染者数が減っているから緊急事態宣言は不要だった」と専門家会議を批判している。繰り返しますが、専門家会議の狙いは、新規感染者数の減少というよりは、医療崩壊をしない範囲内での感染者数のコントロールにあったのに。要するに、専門家会議の意図を理解しようともせずに、単にいちゃもんをつけたわけ。

(中略)

中野:藤井氏は、これに加えて、高齢者等の対策「さえ」やっていればよいと言って、高齢者等の徹底的な「隔離」を提案しています(https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20200406/)。なお、「さえ」を強調したのは、藤井氏自身です。高齢者等の対策「さえ」と聞くと、いかにも簡単そうな印象を受けます。しかし、現実には極めて難しいオペレーションになります。例えば、藤井氏自身が書いているように、60歳以上は日本の人口の三分の一にもなる。しかも、感染者数が増えれば増えるほど、高齢者対策等の徹底は、いっそう難しくなるでしょう。ということは、高齢者等を守るためには、やっぱり、全体の感染者数を減らさなきゃいけない。しかも、人口の三分の一「だけ」を「徹底」隔離で、残りの三分の二は「眼鼻口は絶対触るな」「飯は黙って食え」「それを全部、自主的にやれ」なんて、言うのは簡単ですが、やるとなったら、もう大変です。その証拠に、藤井氏らの提案通りにやって成功した国など、世界中どこにもありませんね。
 他方、専門家会議の先生方は、行動変容の難しさを判った上で、やっていると私は感じました。非常に実践的な感覚をもった先生方だなと感心しました。例えば、西浦先生が体を張って「このまま何もしなければ42万人の死者がでる」と警告を発したことが批判されています。しかし、実践的な観点から評価すると、新型コロナウイルスの難しさや、外出制限を強制できない法体系の下では、それくらい大げさに言わないと、国民全体の行動変容はできなかったということではないでしょうか。

中野:行動変容がとてつもなく難しい問題だというのは、何も社会科学を囓らなくても、我が身を振り返れば大体わかることです。藤井氏は分かっていなかったようですが、西浦先生はよく分かっていた。だから42万人死ぬっていう恐怖シナリオを出して行動変容を促したのでしょう。ところがそれが批判されているわけですね。でも、西浦先生は自分ではっきり言ってましたけど、アンダーリアクトよりもオーバーリアクトと言っていて、控えめに言うより大げさに言うほうがリスク評価としては正しいのだそうです(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93561.php)。

適菜:たしかにリスクマネジメントとしてはオーバーに言ったほうが正しい。

佐藤:リスクマネジメントの鉄則は「ミニ・マックス法」です。最悪の事態を想定して、そうなってもベストの結果が得られるように行動する。国民規模で行動変容を達成することの難しさを考えたら、オーバーリアクトは完全に適切な手法です。
 だいたい、行動制限緩和論者も恐怖シナリオを持ち出している。オーバーリアクトをやっているんですよ。経済被害の深刻化により、困窮して自殺する人が大量に増える、こちらのほうが感染被害よりずっと大変だと主張したのです。
 では、自殺者は何人増えるのか。藤井さんの率いる京都大学レジリエンス実践ユニットが発表した試算によれば、14万人から27万人。もっとも14万人というのは今後20年間の累積、27万人にいたっては今後28年間の累積とのことですが、それはよしとしましょう。2020年の自殺者数の予測は、試算に付されたグラフを見ると、去年(2万0169人)と比べてだいたい1万人〜1万2千人増となっていました(4月30日付プレスリリース、http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/documents/corona_suicide_estimation_pr.pdf#search=%27藤井聡+コロナ+自殺者%27)。
 しかるに実際の数字を見ると、2020年1月から6月まで、自殺者はすべて前年同月比マイナス。7月こそ前年同月比2人増となりましたが、全体では1000人近く減っています。わけても緊急事態宣言が出ていた4月と5月は、それぞれ326人、289人の大幅減(警察庁Webサイト、2020年8月14日集計の暫定値。https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/202007zanteiti.pdf)。
 駄目押しというべきか、去年の自殺者数そのものが、警察庁が統計を取り始めた1978年以来、最も少ないとくる。このままいくと2020年、自殺者の数は過去42年間で最少を更新する可能性が高いのです。とうてい西浦さんを批判できた義理ではありません。
 ただし行動制限緩和論者は行動制限緩和論者で、独自のリスクマネジメントをしている可能性が高い。自分にとって最も都合の悪い事態を想定して、そうなっても精神の安定を保てるように行動していると見受けられます。むろん、これも立派な「ミニ・マックス法」。
 どうやって精神の安定を保つか。最も簡単なのは、都合の悪い情報を遮断することです。そうすれば何が起ころうと、自分の間違いや矛盾を自覚せずにすむ。この状態を「爽快」と呼ぶわけです。