7545. 宮沢先生に読ませたい3

三次救急病院の現実。

入院当初は軽症でも、1週間前後で急に重症化されるケースも少なくありません。入院したときは元気だったのに、と現実を受け入れがたい心情を吐露される遺族もおられます。医師としては容体急変のタイミングでなるべく早くお知らせするようにしていますが、この判断が本当に難しい。

 長期入院中の患者であれば、医師が連日家族と電話連絡をとることで、徐々に受け入れていただくこともできます。しかし、救命救急センターに呼吸不全などで搬送され、救急外来でお亡くなりになるケースもあります。新型コロナ感染が濃厚に疑われる場合、遺族には特別な処置を施した遺体と霊安室で対面してもらいますが、手を握ることも許されていません。納得のいかない遺族の心情に寄り添い、苦悩を深めるスタッフもいます。

 日本でこれまで医療崩壊を避けられた要因は、集中治療室に収容しなければならない重症患者が一定範囲に抑えられていることが挙げられると思います。日本の集中治療のレベルはかなり高いので平時と同じような対応ができれば、救命処置によって死亡率を抑えられます。同時に、重症者の割合がもっと増えた場合、それが維持できなくなるのでは、という心配もしています。

(以上、https://dot.asahi.com/aera/2020061800037.html?page=1 より引用)

7536. 宮沢先生に読ませたい2

7535. 宮沢先生に読ませたい

癌なら日頃から余命がわかる。本人も遺族も心構えが出来る。痛みさえなければいい死に方だと思う。

心筋梗塞、脳卒中、それなりに見慣れた病気だ。寝たきりにならなければ、ポックリ大往生とも言える。

交通事故、若者に後遺症が残れば痛ましいけども誰にも感染させることはない。

でも、コロナに対応する状況では、医療従事者は「無症状の感染者」からの自らに感染の危険(命の危険)があり、医療従事者は「院内感染」を防ぐ重圧も課せられ、常に緊張を強いられる。その疲労感を想像するだけで体が重い。

紙一重の違いで、なんとか崩壊しなくて済んだと思っている人たちの声を、なぜ、その場にいない人が完全否定することが出来るんだろう?

予防のパラドックスって、こういうのを言うんだよね。

予防してしまったリスクというのは、可視化されない。想像力を欠如した人間には、無いものと見做されてしまう。

恐らく宮沢先生の中に、根深い医師へのコンプレックスがあるんだろう。お互いを専門家としてリスペクトできないほどの、獣医だって獣医だって獣医だって、医者が何様だよ、って心の叫びが、彼の判断を歪めているように思えてならない。

医者は獣の領域には口出ししない。牛や馬などの大動物=産業動物のコントロールは、お任せだ。

普通の獣医出身のウイルス学者が、「治験も通ってない薬を、予防薬として投与しろ」なんてことは言わない。

宮沢先生は「猫ちゃんの息は感じられないから、大丈夫だと思う」なんてアバウトなことを言っておられたけど、専門家会議に入っている河岡教授は、粛々と「猫から猫へ」非接触感染を証明された。

宮沢先生は、自分はオールラウンダーだと言われるけど、少なくとも呼吸器感染する病原性ウイルスを極めた人ではないよね?