6550. 三宅さんの特殊性

一般的なネット上のトラブルは、有名人の場合、相手は顔も名前も知らない人であることが多い。だから発信者情報開示請求訴訟の壁がある。

三宅さんの場合、揉めてた相手は「元」支援者だった。三宅さんから頼まれてネット工作員のごとく、相手を攻めるツイートをしてた人も多く、自らの反省に立って三宅さんに苦言を呈してた人ばかりで、右側から見てれば、ただの「左派の内ゲバ」にしか見えないのが、とても特殊だ。

だから私も最初は「他人事」で興味は全く無かった。ところが余命裁判に彼女が絡むようになって、嘘の多さに驚いた。正確に言えば、私も「嘘」と最初は認識してなかった。ただの彼女の「誤解」や「知識不足」だと思って指摘した。ところが、その反応が尋常では無かった。私はその瞬間、三宅さん界隈の揉め事の本質を理解した。人は自分の身をもって味わったことでなら判断を過つことはない。

彼女は今後「たかがネット上のイジメでも自殺するケース」として残るだろう。そして、教訓が残る。

1、たかがツイッターで死ぬくらいなら、ツイッターを辞めろ

と冷徹な意見が「重み」を持つ。

2、過度の被害を訴える場合、うつ病による妄想などを考慮して心療内科の受診を勧めろ

これはリアルで知り合いである家族や支援者らに課せられる。

3、法的措置を取ることもある。

ただし、相手からの「反作用」もある。相手を舐めてかかると返り討ちに会う。

私に対して「余命」や「小坪市議」がやらかしたことが、まさに、これである。

法的知識のない老人だと思って「脅せば黙らせられる」と思ったら大間違い。相手の方が法的知識が上で冷静な判断も出来、高価な弁護士費用も払えてしまえば、自分の方が詰む場合もある。ブログのアクセス数やツイッターのフォロワー数などの「インフルエンス」で押しつぶせると思ったら、蟻一匹に「言論」で負けることもある。これが3つ目の教訓として残る。と言うより私が残そうとしているものである。

だから私は黙らない。「刑事告訴」を恫喝の道具として使い言論封鎖を仕掛ける輩に負けるわけには行かない。

これは、ものかきにとっての生命線だからだ。