5283. 三宅擁護B論法

三宅さんが余命事件に絡んできた時に、「反余命」界隈は、こぞって歓迎した。世論的に余命を追い詰めることが出来れば、冷ややかな目で見られてると、ツイッターをやらない信者に知らせることが出来れば、脱会者が増えると期待したからだ。(結局、彼女は信者に語りかけることはできず、ひたすら佐々木に始まり佐々木に終わって、反余命界隈を呆れさせた。)

いの一番に、もっとも彼女に近いポジションを獲得したBさんは、私への伝言を携えるメッセンジャーの役割を担った。今の、南青山&ダーリンポジションだ。

彼だか彼女だか知らないが、今でも三宅擁護に余念がない。その根拠は、三宅さんのルポには意味があるというものだ。

正しいことをなす人だから悪事を見逃せ?

人は善事を成しながらも悪事をなす存在です。

悪事しか考えないのは悪魔であって人間ではない。

だからこそ、他にどんなに良いことをしてても、悪事があれば、そのことだけは裁かれなければならないのです。

悪事を憎んで人を憎まず。そういうことでしょ?

私が問題視しているのは、彼女が「刑事告訴しました、身辺の整理をおすすめします」と恫喝して「言論封鎖」をしたこと、ところが「刑事告訴しました」が全くの詐欺だったことです。

余命ルポをして役立ってるかどうかなんて、関係ないです。