4850. 不真正連帯債務

にしやま氏は消えてしまったが、「共同不法行為=損害額上限論」が消えた訳ではないと思う。

これまでの橋下裁判が参考にならないのは、同じ殺到型でも各自が勝手に送った橋下の事例と異なり、余命事案はテンプレートを「配布し署名を集めて日付を記入してまとめて送り、弁護士会と応対もした」仲介組織「日本再生大和会」が存在することだ。

そして、H23年の最高裁判決は、「実行者=末端の懲戒請求者」への判決ではなく「扇動者」への判決であることをお忘れなく。

猪野理論(そもそも大した損害じゃない説)は、金弁護士11万判決(東京高裁)にも書いてある。

本件懲戒請求がされたことにより,一審原告が弁護士会への特別な対応を迫られたわけではない。

これは第五次の佐々木先生には通じないとは思うが、第六次のシマザキ・キタ弁護士には痛い判断。

川村理論は「懲罰的損害賠償は日本では認められないから、賠償金は合算され、いずれ上限に達したと見なされれば、そこで賠償金の請求はゼロ査定となる」

3224. 川村弁護士2018.7.1.

私は、この「損害額上限論」については、原告も被告も、共同不正行為に触れないんだから、使えないと思ってきて「横の共同行為」は争点にならないものだと思ってきました。しかし、金弁護士11万判決(控訴審)を読むに、裁判官は勝手に、被告がろくな答弁もしないのに、全体を総合的に見て判断してますね。

,本件懲戒請求当時,一審原告の弁護士としての活動
内容等について全く認識がなく,本件訴訟において一審原告の主張を争ってはいるものの,当審において提出した主張及び書証は,陳述書(乙73)を除き,すべて別件訴訟の被告らが作成・提出したものを流用したものであり,大量懲戒請求が行われた中で付和雷同的に本件懲戒請求に加わったことがうかがわれる。

余命の名前を出さなくても、「付和雷同」の言葉で、本当に罰すべき扇動者が別にいて、末端は愚かにも乗せられただけの小物であることをきちんと把握した上で出された判決だと読めます。

(この控訴審の被告は、第一審を2回欠席して、第二審ではポカ=自分が欠席したことを指す答弁書を書いたツワモノです。代理人もついておらず、筋道だった答弁をしてない、素人丸出し。)

今後、個別に弁護士がついた場合や、余命が答弁書を勝手にファックスするなどの非弁行為を止めた後の「独自答弁」が出てきてからの判断がどうなるのか?

和解金と回収した損害賠償金の総額が1000万を超えたあたりから、判決がどう変わってくるか? 神原vs江頭訴訟の判決文も「先例」として存在は無視できない。ルポライター三宅さんはそこは意図的に触れてないですけどね。

弁護士界隈でも、そこらへんは黙って注目されていることでしょう。

小倉先生は論文を何本も発表される「先生」でもある。今回の「殺到型」の共同不法行為について、川村弁護士とは真っ向から対立する意見を出されてました。

裁判所の判断は、法律の研究家?の意見に左右されず、判事の良心によってのみ決められるものなのか?それとも、やはり司法界全体の法解釈の統一見解に落ち着くのか。案外と、最高裁判所へ行けるかもしれないと、最近、思うようになりました。

金弁護士はツイッターなどなさらないので、上告されたかも分かりませんが。

シマザキ弁護士は「感情」に訴えるツイートをされてて、法律論として扱ってません。これは、法律家として、そこに自らの落とし穴があると自覚してると私は感じます。佐々木先生なんかは、裁判にかける前の記者会見の時点から、すでに、そこに争点があると潔く認めておられますから、間違いなく「総額上限論」は法曹界にも存在すると私は感じます。(私の言葉が正しいかどうか、三宅さんは直接、佐々木先生に確認されたよろしい。)

普通の弁護士さんならわかると思うのですが、被告だろうが原告だろうが、自らの利益のために民事裁判は戦う権利を持ってます。黙って罪を認めろって刑事裁判とは違う。どんな理論だろうが使って、被告は全力で自らの利益のためにゴネていいはずなんです。それが法の下の平等のはず。

原則に忠実に、自らの思想信条とは別に、ネトウヨのために(つまりクライアントのために)江頭弁護士が全力を尽くして戦った結果、損害賠償ゼロ円回答を引き出しています。そこに使われたロジックが「損害は和解金で補填されているはず」なのは、共同不法行為との認定が下ったに、他ならない。

今後、余命側が小賢しくこの点を主張して、かえって反発を招いてしまうなどの紆余曲折を経て、二年の間に「全員訴訟」で900件ほどの判決が出た暁には、結論が出ることでしょう。

キタ先生は最初から「殺到型(共同)不法行為=加害者多数の例」の判例がないから、判例確定のために訴訟に踏み切ったように私は感じていますので、余命側はありとあらゆるパターンで対応し、何人もの判事の判断を仰ぎ、最終的に結論が出されればいいと達観しておられるだろうと私は思います。(私の言葉通りか、三宅さんはキタ先生にインタビューして確認なさればいい。)

私は、本件、つまり「余命ブログの呼びかけにより、日本再生大和会が印刷し配布した番号付きの懲戒請求書に署名捺印してヤング倉庫に送りかえした」懲戒請求事件については、首謀者にこそ責任が問われるべきで、末端が「言われた通りにやっただけです」と主張することに、何の問題もないと思います。だって、それが事実なのですから。

実行の責任はありましょう。のせられたバカには無知の罪はありましょう。

しかし、本当に責任を問われるべきは「余命三年時事日記の主宰者」である「余命三代目B」であることは、誰の目にも明らかだと思います。

私は「本体の追及(刑事を含む)」に記者会見で言及された北先生にはカンパ致しました。小倉先生、佐々木先生は「発信者情報開示請求」をされてます。

本当に恥を知るべきは誰なのか、三年後ぐらいに明らかになるまで、私はヲチを続けることになりそうです。