4670. お爺様

ロシアのスパイ説

KGBとの関わり

ソ連国家保安委員会(KGB)東京代表部将校で、1982年にアメリカに亡命したスタニスラフ・レフチェンコの証言では、石田が「フーバー」というコードネームを持つKGBのエージェント(スパイ)であったと指摘した(レフチェンコ事件[4][5]。しかし、日本の警察とCIAによりレフチェンコ事件の調査が行われていた1983年に突如石田が政界を引退したことで、石田に対する捜査は終結し、機密情報の漏洩はなかったこととされた。

レフチェンコ証言の信憑性は高く、産経新聞社も1983年5月24日付朝刊で「レフチェンコ証言は全体として信憑性が高い」と報じた。また同年5月25日衆議院法務委員会で、当時警察庁警備局長の山田英雄玉澤徳一郎の質問に以下のように答えている[6]

警察といたしましては、レフチェンコ証言の内容につきまして犯罪の存否を確認いたしますために、彼が政治工作担当のKGB機関員として直接運営しておった十一名の者につきまして、必要と判断しましたそのうちの数名の人から事情を聴取するなど所要の調査を行ったわけでございます。また、公務員が絡むとされておるケースも二、三ございました。これはレフチェンコ氏が直接取り扱わなかったものでありましても、事柄の性質上、同様に必要な調査を行ったわけでございます。その結果、いずれも捜査の端緒は得られず、立件には至らないという結論に達したわけでございます。  こうしたことは捜査上の課題でございますが、それとは別に、レフチェンコ証言の信憑性について触れますと、同証言において述べられた政治工作活動はいろいろあるわけでございますが、これと、警察はレフチェンコ氏在日中も彼はKGB政治工作担当機関員の容疑ありということで視察しておりましたが、そうしたレフチェンコ視察の結果あるいは他のKGB機関容疑者の視察結果と照合するとき、また裏づけ調査のプロセスで判明したことの結果、そういうものの照合の結果多くの点で一致するところがありますので、その信憑性については全体として高いと判断いたしております。以上が、一昨日調査結果ということで発表いたしました内容でございます。

さらに、同じく元KGB職員で、レフチェンコの亡命の10年後の1992年にイギリスに亡命したワシリー・ミトロヒンが持ち出した資料「ミトロヒン文書」でも同様の指摘があった。その上に、冷戦終結とソビエト連邦の崩壊を受けて1995年にその存在が明らかになった「ヴェノナ」にも石田の名前があると言われ、石田がKGBのエージェントであったことは事実である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%94%B0%E5%8D%9A%E8%8B%B1

まぁ、昔のエリート、特に労働畑は真っ赤っかですからノゥ。

Wikiですけどw