4266. 老人が多い訳2

(コメントいただきました)

当事者の記憶として。

嫌韓本のさきがけとして、余命漫画の作画担当の著作である「嫌韓流」「嫌韓流2」(山野車輪・著)が世に出たとき、よくぞ公刊物でここまで言ってくれたと、これまでに抱えていたモヤモヤを一気に代弁してくれて、本当にスカッとしたものです。
しかし、当時流行っていた「韓流」へのアンチテーゼとして「嫌韓」が軽くブームになりましたが、「嫌韓流」の焼き直しみたいな本や、感情に任せた暴言のような本が多くてうんざりしていました。
その後、久々に良著が出たと評判になったのが、「誅韓論」でした。それまでの嫌韓本とは一線を画して、「事実に基づいた論考」を売りにするもので、確かに、多くの資料に当たって書いたであろうことがうかがえる内容で、それまでの嫌韓本とは確かに違っているという印象でした。
「誅韓論」のスタイルは、外国の新聞記事などをもとに「事実」に基づいて、韓国と韓国人をバカにするものですが、これは「コピペブログ」「事実の拡散」を標榜していた初期の余命と、かなり似ています。
余命を原文で読んだときに、「誅韓論」の著者または関係者が記事を書いているのかと思ったくらいです。さすがに、余命は遥かに文章が下手ですが、編集者を通す前の文章ならこんなものかとすら思ったくらい、内容が似ていたのです。
初期の余命の主張と近い内容を「誅韓論」で読んでいた私は、その後に余命サポートブログに出会い、すんなりその内容を読解していけたのでした。
「誅韓論」で基礎学習が終わっていたからこそ、余命の難解な悪文や主張も、脳内で強力な補完をかけながら読解することができたのです。

(以上)

下の世代は「印象」「噂」であっても
上の世代には「経験」「実証」