4244. 当事者の気持ち7

懲戒請求を出した人は、私に「外患誘致罪」告発状を出した人でもあります。私の「和解一択」の呼びかけに応じて弁護士さんと和解した人は、私にも「謝罪のメール」をくれました。

なぜ、余命にハマり、なぜ、余命から抜け出せたのか。

前段の謝罪文と、後半の反省文の部分はプライバシーの点からトリミングして、真ん中の部分だけ以下にコピペします。

今でいう「反差別教育」を大阪で受けていたことが大きいと思っています。
大阪(の特定地域だけ?)は、「汚鮮」が著しい地域です。同和問題、つまり被差別部落の問題と合わさって、同和と在日はタブーというか、アンタッチャブル層として認識されているのです。

ちなみに、関東や東北では、「部落」という言葉は単に「集落」を意味するそうですが、大阪では、「部落」といえば「被差別部落」、すなわち同和地区を意味し、同時にアンタッチャブル層をも意味していて、身の安全のために慎重な取り扱いが求められる言葉です。

同和問題は日常生活レベルで学ぶことですが、在日問題は小学校から、道徳の授業や特別教科として学びます。これには実習も含み、韓国文化を学ぶためとして、「韓国伝統の」行事を色々とやらされました。一方、日本の伝統的な文化・習慣を改めて学ぶ機会はありませんでした。
また、在日問題は人権教育とも密接につながっており、「道徳」の授業時間に見せられるビデオもプリントも、半分以上は在日が題材でした。
曰く、在日は不当な差別で弾圧されている、しかしそれは許されないことだ。差別する日本人は悪人だが、その子供(=ビデオの対象である小学生)は改心して在日と仲良くなってハッピーエンド、みたいなやつです。

そして在日問題は、同時に原爆教育、反戦・反核教育とも連動しています。
曰く、在日が存在するのは、日本が侵略戦争をして、朝鮮を併合して、朝鮮人たちを強制連行したせいなのだ。だから在日を差別してきたことは決して許されない悪行なのだ、謝りなさい。
このように、反差別教育の内容がことごとく「昔、日本人は悪いことをした。だから罪滅ぼしのために迷惑をかけた人たち(の子孫)を優遇しなければならない。それで日本人が不利になったとしても当然の報いなので我慢しなさい」というものでした。

このため、教育を受ける側である子供たちとしては、なぜいつまでも責められ続けるのか?なぜいつまでも在日を優遇しなければならないのか?そんなの絶対おかしい!という反発心で占められます。結局、反差別教育の内容が酷くて、反差別教育やそれを強いる制度への反感・反発を再生産しているという話です。
私は他の地域に引っ越して初めて、大阪の反差別教育の酷さを知りました。
しかし、こういった反感は、大阪では普通に共感される感情ですが、他地域の人に言ってもいいものか、分からないものです。みんな上辺では、差別はいけません、みんな仲良くしましょう、としか言わないので、うかつに在日優遇と日本人をないがしろにすることへの不満を口にしたら、今でいう「ポリコレ棒」で袋叩きにされるかもしれないという恐怖がありました。
そんな憤懣を共有して良いと公言されたように感じたのが保守界隈のサイトであり、その中の一つが、余命でした。

残念ながら「愛国」と「嫌韓」という別々のものを同列に扱う姿勢や、明らかに福祉案件な読者の発言がありうんざりしていましたが、当時は問題解決に向けた実際の行動をやっている保守を他に知らなかったので、余命周辺しか行く場所がなかったのです。

私が子供の頃もありましたね。なぜ、自分が起こしたわけでもない戦争を私が謝罪しなければならないのか。強く疑問に思いました。原爆で人が大勢亡くなってるのに、アメリカは日本に謝罪しない。当時は世界中が戦争だから仕方がないんじゃないですか?って。

在日は不当に差別された弱者じゃないって思いました。虐げられてたはずの人が、パチンコ屋やサラ金業者でお金持ちになってるじゃないか?そんな巨額の資金はどこから?おかしいって。

大人になってから、ヤクザに在日が多いと知り、納得したものでした。

しばらくは仕事と子育てに夢中で忘れてましたが。子育てが終わって暇ができて、この時間を何に使おうか?と思った時にネットにはまりました。アンタッチャブルな話題を口にしていいんだ!って。

余命が最も読まれた頃は、北朝鮮のミサイル実験が派手だった頃です。

パチンコの売り上げがミサイルになって日本海に戻って来ていると苦々しく思いました。

日本がどうあるべきか思いを話し合う場として余命ブログの読者コメント欄が機能することを望みました。(ただ、なんとなく警戒心が働き、私は一度も余命ブログにコメントしたことがありません)しかし、余命は途中から「実行ブログ」と称して、迷惑行為を扇動するようになり、私は一転して「反余命」の論陣を張ることになったのです。余命ブログに足跡をつけてないこと、最初に発言をしたのが匿名性の高い2チャンネルだったことなどから、私は「匿名」だから出来ることを貫くことにしました。身バレしてたら今頃は民事訴訟の嵐で、弁護士代だけで破産してたかもしれません。

「人種差別」と言いたければ勝手にどうぞ。人の頭の中なんて、簡単に変えられません。