4203. 当事者の気持ち

私は余命ブログの扇動で「外患誘致罪」で告発状を東京地検に送られました。

送った人は「懲戒請求」をした人と重なります。佐々木・小倉・嶋崎弁護士と連名の「共謀罪」告発状も送られましたから、そこはピッタリ重なります。

私が「和解一択」を説いて回った結果、私にも「謝罪」をしてくださった人とメールをやり取りすることができました。

私は聞きました。「外患誘致罪は死刑一択です、あなたは私の死を願ったのですか?」と。

お答えは以下の通りでした。

まず、外患罪告発に参加したのは、
「その対象となる人たちに、本当にそれに値する罪があるかどうかを
判断するのは国であろうから、それについて審議して欲しい」
という気持ちでした。
なので、あくまでも「死に値するかどうかを判断するのは自分ではない」
という意識でいました。
私自身が「対象者に死を願った」というよりも、
「本当にそのような罪があると国に判断されたのであればやむなし」
という感じでした。今考えると、誤認に誤認を重ねていたことで、事の重大さが理解できて
いなかったことを恐ろしく思います。そして、私は外患罪告発の用紙の束から「個人対象のもの」と他数件の
「自分がよく理解していない案件」を除外して出しました。
理由は、私の中に「社会的影響力が大きい立場にある人」こそが、
その罪に値するかの検討対象になるべきもの、という思いがあったからです。余命のマインドコントロール下にあったとはいえ、その線引きは私の「正義感についての価値観」がしていたものでした。
「余命は怒っているようだけど、私としては個人まで対象にするほどのこと
ではないと思う。余命は無理はするなと言っているし、これについては
除外しよう」という感じでした。

(以上)

懲戒請求した人たちも、「職を奪ってやろう」と本気でわかってやってた人は少ないと思いました。まさに、署名感覚だったのです。

同じように謝罪をくださった方は二桁に上ります。

今でも、「和解=謝罪」してくださった人の一部とはメールのやり取りをしています。

私は懲戒請求者と被害者の中間にいます。おそらく、この立ち位置を正確に理解できる人は、ニワカではないヲチャだけでしょう。

傍聴に行かなくても、当事者ならではの情報もあるのですよ。