4150. 報道枠

私がこのブログを始めた頃、余命問題はただの「箱庭」だった。小さな小さな、誰にも見向きもされない界隈のコップの嵐に過ぎなかった。

私が趣味でヲチし、一人で対峙し「封じ込めの巫女」を勝手に自認してきた。

ある時点で、NHKが取り上げるほどの大事件と捉えられ、後から後から「マスコミ」が参入してきて大騒ぎになったのは、13万件(人数は約1000人だが200人ほどを対象にした)という数のインパクトと、「懲戒請求」という弁護士にとっては「死刑にしろ」というに等しい「重さ」、それに労働系(嶋崎・佐々木)人権派(神原)在日(金)とマスコミと相性の良い弁護士さんが入っていたことでニュースバリューが一気に高まったためだ。

最も後から参入してきた「自称」ルポライターは、いつも法廷に遅刻してきては、取材の基本を押さえて自分の目と耳で取材するプロからの「また聞き」で記事を書こうとする。一次ソースである裁判記録も自分で閲覧せず「インタビュー」で済ませようとする。

たかがネトウヨ業界の小さな「箱庭」に「スポーツ新聞(タブロイド判夕刊紙)」のルポライターとして参入してしまった点で、ヲチャの興味を満足させるために裁判所に通う苦行を強いられて「こんなはずじゃなかった」と臍を噛んでいるのが手に取るようにわかる。

余命からの報復など、無いに等しいんじゃなかったっけ?

実名・住所を握られて、
逃げられない気分になって操られた信者たちの心理が
少しはわかるようにならなれましたか?


「報道」は「国民の知る権利」を背中に背負っているから「第3?の権力」として振舞うことができる。スポーツ新聞は「読者の要望」「知りたい欲求」が売れるためには必須。

ジャーナリストという「ステータス」に憧れてただけの「お嬢様」にはお気の毒な話だが、それこそが「お仕事」なのだ、泥臭い「取材」を頑張ってください。