3529. 無用の人

とうとう尻尾を表した「我々」とはK機関のことだろうか?

コーン!と狐の鳴き声のはずが、ポップコーンに見える表記になったことに全く他意は無かったのだが、「あぶり出し」だか「おひたし」だかが美味く料理できたようだ。

彼らは協力者を求めて居るそうだ。私は遠慮しておく。

そのブログのコメント欄に集う人たちは、匿名希望マンや彼のように選民思想が色濃いと見做される。

私はまっぴらごめんだ。

心配ご無用。知恵は自分で探す。

 

https://blog.goo.ne.jp/terumi_satoh/e/f6422f1cc3e24ffdbe23a46e390e8b3e

Unknown (代打)2018-09-12 12:07:50

コーン機関とか言ってる人がいるから、ちょっと尻尾を出してみるとするかのう。
我々はとうもろこし業者のポップコーン売りじゃないんだから。

(略)

余命信者に、生きるための努力をしている人はもはや皆無と思われる。余命という「かま」の蓋はもはや閉じられた。かまどの火は熱く燃え盛っている、あとは適宜、風を送るだけ。信者の家族は、信者が莫大な債務を負わされた時、肉親の縁を切って、信者を切り捨てるか否かの辛い決断を迫られる。ともに沈む決断をしたのなら、それはその人の決断。自ら沈むことを選んだのだ。

災いをふりまくインフルエンサーについては、読者にまだ知性がある者が残っている。そういう人に、冷静になってほしい。知性を失い、取り返しのつかない状態になってほしくない。そのためには、インフルエンサーの言動をおかしくする。「あ、こいつ、おかしい。」そう気付き、離れる人が増えることを願っているが、願うだけでは殆ど変わらない。インフルエンサーを挑発し、揺さぶり、壊していくことができる協力者が必要となる。

(略)

我々が守護すべきと思うのは、生きるための智慧、知性を放棄しない人間である。我々のために協力する者には支援するが、必要条件ではない。

余命信者みたいなのには基本的人権とやらは認めざるを得ないが、それ以上は必要ないと思うであろう?余命信者を下に見ること自体、選民思想の現れなんだがな。

(以上、引用)

ここまで切り捨てることのできる余命信者に「和解の道を閉ざした」小坪マンを許さないと言う矛盾。

男「真・カミカゼ」女「はるみ」二人の人格は異なるから、仕方がないのだがね。

1. はじめに(お願い)へ戻る  目次もあります