3445. 数の力に頼る者たち

コメントいただきました、以下、コピペ

悪魔スレの「元信者なら余命を訴えろ」というレスを読んで漠然と思ったこと。

素人はプロの仕事を邪魔しないように、大人しくしているのが一番だけど、
もし余命の追求のために、元信者の声が必要だとささきたチームが言うなら、
例えば陳述書が多数必要というなら協力するかもしれない。
そして同時に、チームはそんな「余命みたいなこと」はしないだろうと、半ば確信を持っている。
自分でも不思議だけど、本当に自然に、そのように思っている。

その理由を掘り下げて考えてみて思ったのが、
自分の正しさを論理的に主張できるかどうかが、
行動の違いに現れるのではないかと。
論理的に主張できない者は、支持者が〇〇人いる!とか、
数が多ければ正しいという主張に陥りがち。

正しさを論理的に主張して、相手を納得させるのは非常に大変で、
まさに司法修習みたいに特別な訓練が必要。
そして市民運動の多くは、特別な訓練を受けていない普通の人が行うので、
署名が〇〇人分集まった、集会に〇〇人集まった、といった、
数の力に頼りがちになるんだと思う。
また、数の力は選挙とも相性がいいので、
活動家が政治の世界に行きやすいのかなとも思ったり。
もちろんそれは、悪いことばかりじゃないけども。

余命が集団通報だの集団告発だの、とにかく数を恃んだ行動に固執するのは、
結局は自分の正しさを数の多さ以外で示すことができないことも理由なんだろうな。

(以上)

そうです。まさに。
私は「告発」の頃から言ってました。数に拘る余命の性癖って。

告発は一人でもできる。余命が自分でやればいい。
余命に必要なのは、ロジック。
それを支える弁護士を探せ。
法廷は素人では無理ってね。

余命は、他人を操ることに快感を覚えるサイコパス

残酷さんの場合は
小坪が「40万」
余命が「60万」
俺の負けだから、余命を支援するって
ゲームのなんちゃらポイントと同じ扱いです。

せんたくに至っては、もう、己が加害者だから被害者を集めて擬態しようとしてる。どこまで他人を利用するつもりか、自分が詐欺の片棒を担いでおいて反省が一切ない。

この↓書き込みもせんたくかもしれないと思った。

https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/net/1535897474

悪魔に助けを求めた元信者達
でも余命の追及はしないんだ
羊は羊のままか、、、
もっとも陰湿な動物
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