2963. オウム信者と余命読者の違い

オウム真理教と余命真理教の大きな違いは、彼らは身柄を物理的に押さえられていたこと。

本当に命の危険があったし、その分、死に物狂いの実行力があった。

一方の余命真理教は、コアな信者は住所も名前も特定できるが、身柄を押さえるためには、誰かがそこに行かなければならないし、個人情報をネットにリークするのもそれなりのリスクがある。

だから、余命と信者の間の支配関係は、麻原と信者ほど強力ではなかった。(ついでに言うなら、信者同士の横のつながりもない。それが今回、なぜか私が必死にならなきゃいけない?理由の1つ、余命が中継点だからそこが機能しなくなると纏まれないのが余命信者。)

ハードランディング路線が最も盛んだったのは、2016年3月。

私よりも前の反余命ブログ4つ(男性が書くオリジナル2つとそのコピー(女性バーション)2つ)が読者の間でのハードランディング路線を封じ(少なくとも素人は手を出すな、に落ち着いた)、最終的には余命自身も諦めた。

実際には「共謀罪」の閣議決定が効いたと思う。

今回、懲戒請求者は「違法行為」だと知っててやったわけじゃない。

国民の正当な権利だ、橋下の前例もある、最高裁では勝訴している、と言われて、渡辺哲也が合法だと太鼓判を押すから、やった。

 

殺人だ、殲滅だ、と必死に余命(とサクラコメント)が煽っても、匿名でできると聞いたからハンコを押した程度のヘタレ余命信者に、坂本一家殺害事件は無理だ。

扇動者(教祖)がおり、幹部(サクラコメントとネット工作員)がおり、衝立(サティアン隔離の代わりが青林堂文化人)があり、と構図は似ている。最初に恫喝して萎縮させ、小さなことからだんだんと大きくと手法も似ている。読者コメントで励ましあい、居場所を提供するところも似ている。だが、

余命は革命家ではなく、法匪なのだ。

法を犯すと常識的にわかっていることには、余命読者は動かせない。

これは法の範囲内だと言われて騙されるぐらいに、珍しい法(例えば外患誘致罪、例えば弁護士懲戒請求)ならば、余命読者は引っかかるが、殺人罪という明確なものは無理。

キーワードは「国民の権利」の行使。実態は制度の悪用(濫用)。

「殺人は権利」とは懲戒請求を実際に出したようなバカでも思ってない。

自分では出さなかった首謀者側は思ってたかもしれないけど、それは捕まえて法廷でじっくりと聞いて見て欲しい。

 

(懲戒請求出しちゃったさんから)

ツイッターより。

こたんせ(疲労困憊)‏ @kotadon · 5月17日
関係していないのに懲戒請求されたのが問題ではなく、自分たちが気に食わないことをやっているというだけで
嫌がらせの手段に懲戒請求を使ったのが問題なわけなので。

少なくともわたしは、「嫌がらせ」という意識はなかった。
「気に食わないこと」というより、「法律や国の公式見解をないがしろにした声明を、なぜ法律の専門家が
表明しているのだ」という問題意識があり、解決のために示された手段がたまたま「懲戒請求」であり、
それが正しい方法だと誤認した、というのが事実。

(以上)

手段として「個人への懲戒請求」は断じて正しくないです。会長声明への抗議なら、会長へ、弁護士会へ、意見書をまとめて出せばよかった。

この意見をTwitter上で明確に否定し、懲戒請求を煽ったのが、某経済評論家。

そもそものヒントを与えたのは橋下弁護士のテレビタックルだっただろうと言うのは想像に難くない。

これを機会に、弁護士会の方でも懲戒請求の手続きを、もう少し「濫訴を排する」ような仕組みに変えていただけると嬉しい。今のまま放置しても、誰も得しないから。

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