2919. 花菱さんより

寄稿文掲載します。______________

悪魔の提唱者様

いつもお世話になっております、花菱です。

余命のおかしさに気づいて離脱した人の話を募っていらっしゃるとのことですので、拙文投稿させていただきます。

私の場合は、余命ブログを拡散する側にもいたことから、一般読者の方と視点が少々異なりますが、何卒ご容赦ください。

その前に、まずは謝罪を。

私はかつて、余命ブログ原文(あの難解な文章)を解読し、情報をソートして再発信しておりました。

余命ブログのノイズは、外側の人間が除去したりせず、そのままにしておくべきでした。

ブログの文体、体裁そして雰囲気も、読者にとっては余命ブログの信憑性を判断する際の貴重な情報だったと、今更痛感しております。

昨今「まとめサイト」が発信力を得ていますが、その理由のひとつは「お手軽さ」にあります。

簡潔にまとめられた情報は、拡散性に強みがあるものの、読み手のリテラシーを奪う危険性もあります。

そもそも、書き手の私自身がメディアリテラシーを欠いた状態でしたので、いわんや情報の精度をや、です。

不用意に余命ブログをまとめてしまいましたこと改めて反省するとともに深くお詫び申し上げます。

謝罪の詳細は、昨年末に下記ページにエントリしております。

https://hanabishius.tumblr.com/post/169111550212/apologia-1%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%AB

https://hanabishius.tumblr.com/post/169111552947/apologia2%E8%AC%9D%E7%BD%AA%E2%91%A0

https://hanabishius.tumblr.com/post/169111554787/apologia3%E8%AC%9D%E7%BD%AA%E2%91%A1

さて、私の脱・余命の経緯です。以下長文失礼いたします。

私がはじめて余命に違和感を感じたのは、2015年5月頃、三代目になってからでした。

・「長田●治」氏への脅迫めいたコメントを一定期間執拗に晒し上げた

・コメント欄がオープンになり、先鋭的で過激な発言(罵倒やヘイト表現を多分に含む)を好む読者が多いことを知った

・ブログ運営として、読者の個人情報の取扱いがとにかく杜撰だった

恥ずかしながらこの頃は、余命ブログのまとめ発信に使命を感じておりました。リライトの過程で表現をマイルドなものに変更したり、編集の加減で何とか自分の疑問を払拭しようと試みました。諸事情あって一旦ブログを閉鎖したものの、余命が書籍化されるとのニュースに湧き立ち、再びブログを再開しました。

マイナーからメジャーに昇格したかのような喜びをもって、私は余命の書籍化を歓迎しました。ファン心理を鼓舞するには十分でした。

2016年が、余命の全盛期だったと思います。

余命をサポートする衛星ブログが複数あり、ゆるやかに連携しておりました。余命ブログにも書き込みの常連が現れ、読者投稿は大いに賑わいました。

連携や賑わいと同時に、敵認定も盛んになり、工作員の陰謀論も跋扈しました。

・余命に疑問を呈した常連が出禁にされる

・コメント欄が余命ヨイショ投稿で埋め尽くされる

・余命と余命読者層が気に入らない事象は全て工作員の仕業にされる

・愛国と嫌韓が同一に語られ、主張が先鋭化していく

・相変わらずブログ運営に誠意が感じられない

・読者は寄付金や個人情報を喜んで差し出し、「ひたおし」以外の行動は認められない風潮になる

「余命に違和感を感じるだけで反日が確定する」が飛び出したのもこの頃です。

私がブログタイトルを「余命三年時事日記アーカイブ」から「春、不遠。」と変更したのも、余命読者登校の誤解と余命⇔読者間のちょっとした齟齬でパージされる恐怖があったからでした。

熱気を帯びた空間で、集団から標的になる恐怖を私は味わいました。

既にこの頃には、読者が集団告発や懲戒請求などを実行できる心理は醸成されていたのではないでしょうか。

この頃にこそ、声をあげるべきでした。

私には、悪魔様のような正義と勇気はありませんでした。

私は同調圧力とパージの恐怖に屈しました。

とある衛星ブログ主に心境を吐露したことがありますが、お互い言葉に慎重すぎるほど慎重になっていたため、本心を確認し合えるところには至りませんでした。

2016年は身内の看取りや事業承継など実生活が多忙を極め、私は半年~1年近くネットから離れざるを得ませんでした。

視野狭窄に陥っていることに自分自身では気づきにくいものです。距離を置いて余命界隈での出来事を思い返すほどに、余命ブログのおかしさが明確になるのを感じました。

余命からの脱却に苦しむコアな読者にとっては、余命からの一切の情報を断絶してネットそのものからも遠ざかるという、ダルクに入所するような手法も有効だと思います。

当時の生活リズムからブログ更新する時間は捻出できないが、自分が発信していた情報には責任を負わねば、との思いで、2017年初旬、半年近く更新せず放置状態だったブログを閉鎖しました。

しかし、その責任の取り方は単なる逃避だったと反省しております。

自身の過ちを認め、余命を拡散してしまったことへの謝罪をし、然る後に閉鎖すべきでした。

反余命を貫いている悪魔様のブログは、余命とは違う意味で恐怖でした。目を背けたい自身の卑劣さを突き付けられるからです。

2017年春頃、罪悪感に苛まれ続ける心に折り合いをつけるつもりで、悪魔様のブログを読破しました。

当時で1000記事近くあった全ての記事を読みました。その時の私のアクセスログから、悪魔様は確か、誰かが魚拓を取って回っているのではないかと分析したと記憶しています。

私が余命に感じるおかしな点を、悪魔様はほぼ全て記事にされておりました。また、私の知らなかった余命の疑惑も多くあり、大変勉強になりました。

私がブログから離れていた2016年~2017年の1年間で、余命論壇は著しく劣化していました。まとめサイトのコピペで溢れかえり、編集の役割すら果たそうとしない余命ブログを、とても読む気にはなれませんでした。ですので、悪魔様のブログから余命界隈の情報を得るようになりました。

私が、悪魔様に初めて連絡を入れたのは昨年11月下旬でした。私が悪魔ブログの読者であることを告げ、余命のおかしさに気づいたことと、悪魔様の執筆を陰ながら応援していることをお伝えしました。

悪魔様との私信のやりとりから、声をあげる勇気を得ました。

遅きに失した感はあったものの、何とかケジメをつけるために、2017年の年末、上述の謝罪記事をエントリしました。

2018年5月16日現在。事態は悪魔様が懸念されていた通りに運んでいます。

960人のうち1人でも多くの懲戒請求者が濫用的懲戒請求の過ちに気づき、弁護士先生方の職を脅かし、心理的にも大変な恐怖心を与えたことを自覚し、それでもなお温情と時間的猶予を与えてくださった先生方に深く感謝した上で、謝罪をして、和解してもらいたい。

最後の最後のチャンスであることを、どうかわかっていただきたい。

私は相変わらず臆病で無力ですが、私が自分自身について語ることが誰かの力になるのなら、との思いで、投稿した次第です。

(以上)____________

ありがとうございました。

再開された「花菱時事日記」の威力は大きかったです。私は「反余命」を最初から掲げていましたので、相当「余命に疑問を抱いた」後でなければ読めません、サタンの書ですから敬虔な信者で読む人は少ないです。一方、花菱の名は信者の間ではマリアのような存在です。釣られて?読んだ人も多かったと思う。その衝撃は、私より多くの人を謝罪に誘導してくれたものと私は信じています。

今の2チャンネルの余命スレは、余命のおかしさを鑑賞するスレになっているはずなのですが、私はやはり「死ね」と言われます。

一旦は余命を信じたのだろう?お前だってやらかしてたんじゃないかという批判が、日に日にトーンが高まり、最後は「死ね」になりました。

私とはそれまで一切の縁がなく、私が攻撃したことなど迷惑をかけたことなど一度もない人からです。

花菱さんの方が、もっと私よりも余命に深く関わってしまったことで攻撃されることは目に見えている。そのことを知っての上で、それでも、声を上げることがどれだけの勇気を必要としたか、私はよく分かります。

それでも、それでも、あなたなら逃げないと私は信じていました。

ありがとうございます。あなたの持つ、そのたぐいまれなる強さが、以前の「余命のまとめ」に力を与えてしまっていたのです。

私は反余命の立場で会っても、あなたの聡明さは文から滲み出ていると思っていました。

いつも「聡明な花菱さん」と枕詞をつけてきたのは、私がこの日が来ることを願っていたことに他なりません。

きっと、あなたの言葉は、私の言葉の届かない人に届くことでしょう。

現実の生活が忙しい人が、毎日、ブログを更新することはできません。

でも、私のように膨大な文章では、後から来た人が今来た、3行で頼む、って形では理解できません。

たまにしか更新されないブログも貴重です。

改めて、「花菱時事日記」のURLをご紹介しておきます。

https://hanabishius.tumblr.com/

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