2902. 通りすがらなかった好事家さん

コメントいただきました。長いですが全文、掲載します。________

お久しぶりです。以前少しだけ通りがからせていただきましたが、「調べているうちに落ち着いた」とのことでしたので、ならばこれ以上本筋から外れたうえに半可通の話を続けることもあるまいとROMに戻っていました。
が、2891記事の呼びかけについて、自分が余命に違和感を感じたポイントなら、いくつか思い当たるかも……と思って再度投稿させていただきます。

私の場合、余命に誘導されたのは保守速報やNewsUSなど、当時、頻繁に余命を取り上げていた(現在は削除済みか)まとめブログでした。
なので、当初から、あくまでネットの噂であり与太話の可能性も多々あると警戒はしていました。(保守速報についてはT4事件などガセネタの前歴もありましたからなおさらです)
読むうちに、余命の話が「本当だったらいいなー」とはやはり思わされてしまいましたが、「信じる」のは確実に本当だと確証が得られてからで遅くない。そのときには大いに手のひらを返して先覚者の皆さんを称賛しよう、という、いわゆる生暖かく見守るスタンスでした。
しかし、そのつもりではいても、基本的には、余命ブログを読み解こう理解しようというスタンスになりがちだったためでしょうか。余命に違和感を感じるべき点は多々ありましたが、眉に唾をつけて「見守る」つもりでいたがために、かえって、余命を詐欺だと断じるタイミングを逸してずるずると「見守り」を続けてしまっていました。

寄付や署名や、告発や懲戒請求にはもちろん参加はしていませんし、官邸メールなどもまだツールが作成される前の最初の何通かを手動で送ったあとは、大量送信には、かなり長い間、参加していませんでした。(もっとも、そのうち、「義務」を果たしていないような気分にさせられ、しばらくの間、送信に参加してしまいました。反省しています。なおそのころには入館通報のほうは完全に対策済みだったようで、数回送信を試みてみましたが、ろくに成功しなかったようには思います)
しかし、一方で、余命を詐欺だと決めつけるタイミングを逸したまま、ずるずると「読者」はつづけてしまった次第です。
何一つ実現しない予言を無限に未来に先延ばしする余命の「実は」話法は、見事だったと言わざるをえません。
(少しだけいいわけさせていただくとすると、当時はまとめブログでも余命について数々の「解説」が投下され拡散されていましたから、なまじきちんと読める日本語に「解読」されてしまったために、余命の信憑性が高くなったように錯覚しやすかったかとも思います)

余命に対する違和感がもっとも膨らんだのは、慰安婦合意のころ、余命が炎上したときでしょうか。
今も当時の記事がそのまま残されているのかどうか存じませんが、当時の余命は、完全に「支配」しているつもりだった信者にあれこれと口答えされて泡を食っていたものか、怒涛の更新で合意について「解説」するなかで、業を煮やしていくつか口を滑らせていたと思います。
そのなかで、私が強い違和感を感じたのは、(記憶違いなのか削除済みなのか、あらためて探そうにもなかなか見つからないのですが)老人である余命には読者に対して数十年分の「絶対的」な「優位性」がある(したがって盲従せよ)という、幼児性丸出しの豪語でした。これぞ「地獄のミサワ」状態そのものでしょう。(そういえば、その後、「ミサワ状態」の意味はおわかりになったのでしょうか? https://dic.pixiv.net/a/%E5%9C%B0%E7%8D%84%E3%81%AE%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%83%AF )

今にして思えば、この慰安婦合意をめぐる炎上が、余命ブログの賑わいのピークだったようにも思います。
逆ギレした余命は慰安婦問題切り捨てを宣言しますが、クミ・トービン氏など米国在住者が実際に実在した人物だったのだとしたら、それは、慰安婦問題を最大かつ喫緊の課題として余命に接近した彼らを見捨てる・切り捨てると宣言したことにもなるのではないでしょうか。
まとめブログも、このころまでは、日韓合意の「真意」解説を投下していたりもしていたと思いますが……それ以降、余命関連のまとめを記事として取り上げる頻度は一気に減少。これが直接のきっかけだったのかどうかわかりませんが、大量の過去記事をこっそりと削除するようにもなっていったように思います。
あまりにこっそりしていたので、まとめブログが余命から足を洗ったことに、しばらくは気づかないくらいでした。
しかし、気がついてみれば、あれほど余命余命と、更新告知のごとくまとめ記事をあげていた保守速報やNewsUSが、理由も告げずに沈黙するようになった、そのこと自体、またひとつの「違和感」にはなりました。

さらに決定的に違和感を覚えるようになったのは、予備自衛官補に関連してでした。
予備自衛官補を増員して在日殲滅の実働部隊とする的な妄想が余命シナリオだったように思いますし、あらためて考えれば妄想としか言いようがありませんが、当時は「目の滑る」余命ブログ以上に読みやすい解説ブログ(予備自衛官補の場合は花菱氏など)がもっともらしく補足も入れつつ解説してくれて、妙な説得力を感じてしまっていました。
しかし、膨らむ違和感に誘われて、防衛省のサイトで実際の予備自衛官制度の概要http://www.mod.go.jp/gsdf/reserve/yobiji/index.htmlをチェックして見たところ、余命シナリオの信憑性は、大いにぐらつきました。

「予備自衛官」には「予備自衛官補」「予備自衛官」「即応予備自衛官」の三種類がありますが、余命が増員するといっていた「予備自衛官補」は、平たく言えば訓練「期間中」の予備自衛官。つまるところ「予備」の「見習い」です。
制度の概要には、

>予備自衛官補の期間は、教育訓練のみを行い、教育訓練修了後に予備自衛官として任用します。

とあり、訓練を終え、予備自衛官として使い物になる段階に達すれば、自動的に「補」ではなくなるようです。しかもその訓練期間は、わずか、

>一般は3年以内に50日
>技能は2年以内に10日

これではたして、予備自衛官「補」を増員して在日殲滅の実働部隊とする、などということが可能でしょうか?
しかも、晴れて「補」を卒業して「予備自衛官」になったとしても、その訓練期間は、やはり、

>1年を通じて5日間の訓練に従事(方面総監が必要と認めるときは合計して年間20日を超えない範囲で特別な招集訓練に参加可能)

だそうで。自衛隊未経験者を、年間5日~20日の訓練で、「在日殲滅の実働部隊」としてモノの役に立つレベルに育てるのに、はたして何年を要するのか、見当もつきません。(単なる「肉壁」ならまだしも。それとも余命一流の「実は」ですかね?)
なお、「予備自衛官」の応召義務は、

>防衛招集
>国民保護招集
>災害招集
>訓練招集

の四つだけで、「在日殲滅」を任務として含意すると無理にも解釈できる可能性があるとすれば、「防衛招集」や「国民保護招集」の場合になるのでしょうか?
一方で、「即応予備自衛官」の応召義務には、

>防衛招集
>国民保護等招集
>治安招集
>災害等招集
>訓練招集

と、「治安招集」が加わっており、余命の妄想に利用するにはこちらのほうが適しているようにも思います。(爺さんにとってはどうでもいいことかもしれませんが)
しかしながら、この「即応予備自衛官」の採用対象者は、

>元自衛官(1年以上勤務者で退職後1年未満のもの)
>予備自衛官(元自衛官(1年以上勤務者)のみ)

ですから、何のことはない、自衛隊経験者以外は参加できません。
一般国民を対象に予備自衛官補を募集して~などといっても、「即応」の増員には結びつかないということです。
この防衛省の公式サイトに堂々と掲示されている制度の概要から、どのようにすれば、余命の妄想する実働部隊を構想することができるのか? 公式サイトの掲載情報が嘘八百だという前提でもなければ、無理な気がします。
実際、余命の記事は、訓練に参加した者からの裏情報によれば実は公式情報は嘘八百でモノスゴイ実戦訓練を~というものだったと記憶していますが……
しかしそれでは、「既存・既報の情報しか扱わない」という余命の豪語と、そもそも矛盾するのではないでしょうか。

「実は」話法で実際には何一つ実現しない100%確実な予言、
「反日確定」にくわえて、「絶対的優位性」などのミサワ発言、
まとめブログの無言の撤退、
花菱サイトの消滅、
予備自衛官制度、
さらにくわえて、寄付金・個人情報の収集、余命支援サイトのオカルト、などなどさすがに違和感が募るうちに、野次馬的とはいえ余命ブログの内容に期待できなくなっていったように思います(読者コメント主体になるうちにそもそも余命ブログの「内容」自体がスカスカになっていきましたし)
野次馬的になまあたたかく見守る、のをいいわけに、私自身、反余命の声には積極的に触れずにしまっていましたが、あらためて……と検索するうちに、悪魔さんのブログにたどり着き、「カルト」という言葉に腑に落ちるものを感じた次第です。

どうもグダグダとまとまらないうえに恐ろしい長文になってしまって恐縮ですが。

余命の読者にも最後まで騙された人と、途中で気づけた人がいます。その明暗を分けたものは何か? 最後まで気づかず騙されつづけてしまった読者・信者を生んだ背景には、途中で気づいた読者が、気づいたことを告げず、黙 っ て 離れてしまったこと(したがって残された読者への警告として機能しなかったこと)も一因としてあるのかという気がしないでもありません。まとめサイトの撤退ぶりなど、典型的ですが、匿名のネット界隈は、黙って「いち抜けた」の世界なのですね。「半年ROMれで」はありませんが、界隈の流儀に不慣れな層が逃げ遅れたのではないか、と……あまり考えたくありませんが、そんな気もします。
そういう意味では、私も、黙って離れるのではなく、離れるに至った経緯を話しておくべきではないかと、今さらながら感じた次第です。遅きに失したようですし、また、そういう場があったとしても所詮、信者は近づかないうえ、読んでも気づかないのかもしれませんが。
(カミカゼの余命切り捨て宣言の皮肉に気づかずお礼を言ってしまう信者が何人もいたことを考えれば、何を言っても無駄という気もします)

(以上)_____________

ありがとうございました。黙って離れることが多い中で、戻ってきてコメントいただいたことに、深く感謝します。

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