2893+. ある法学部卒

コメントいただきました。掲載します。________

捨てアドで失礼します。

当方、2010年代前半に法学部を卒業し、以後、法曹とは直接は関係ない事務職(公務員とか、みなし公務員とか、私立学校とか、金融とかをご想像ください)に就いている者です。
数年前まで、余命ブログなど政治系(右派系)ブログを昼休みにスマホで斜め読みしていた程度の、薄ーい読者でした。
だから夢中になっていたとかいう読者ではないのですけれども、当ブログ2891の記事で「自分は気づいて離れたと言う人に、どこで気づいたのか、語って欲しい」とありましたので、あくまで参考として自分の例をコメントさせていただきます。
相当な長文ですがご了承下さい。

余命ブログの読者になったのは2015年頃、当時読んでいた『みずきの女子知韓宣言』経由でした。
コメント欄に余命3年時事日記の更新状況について書き込む方がおり、そこから余命3年時事日記を知り、定期的に巡回するブログのうちのひとつに入れた形です。

私は、お気に入りのブログを見つけるとそのブログの評判を2chで探す癖があり、それでハングル板の余命スレもすぐに発見するに至りました。
確か余命ブログに疑問を抱いたのは、どの字か忘れましたが、間違うと印象がまるで変わる誤字を見つけたのがきっかけだったと思います。
自衛隊の放談会とか良く掲載されていて内容が一見真面目そうなのに、校正はちゃんとしていないのかと内心突っ込みを入れたのを覚えています。
同じことに気づいた方が2chに居られて、誤字を指摘されていたのですが、余命ブログでは、さも仰々しく秘密の場所で教えてもらったみたいに記事内で礼を書いていて、それでちょっと引いたのでした。

この余命ブログにはまり込まなかった理由として、ちょうど2015年春以降の安保法制の反対運動が盛り上がっている時期だったこと、あと、当時読み込んでいた『みずきの女子知韓宣言』のスタンス(=韓国人が韓国人の価値観をベースにして、喜んだり悲しんだりすることを、日本人の価値観ベースで揶揄したり分析したりする面がある)も影響しています。
右であれ左であれ、『個人が自分の知る範囲内の価値観と情報をベースに、政治的な課題でどれほど熱狂しても、現実がその熱狂の望みの通りに叶うとは限らない。熱狂自体が頓珍漢に見えることさえある』のだと、実例付きで常に見せられているような物でしたから。

だから、元々趣味として「政治系ブログのウォッチャー」みたいなスタンスでブログを読んでいた面があったと思います。それにしても当時の心情としては今よりももっと嫌韓寄り・現政権支持寄りでしたが。
あと、自分の職場は、実名出しで政治活動すれば、最悪、職を失いかねない環境です。
よって祭り状態の入管通報騒ぎにはテンションの高い記事を読むだけで参加せず、その後入管サーバー落ちの記事(https://togetter.com/li/845026)を見て、これは世間的にアテにならないことをさも自信満々に言っているタイプのブログだと確信し、以後、余命ブログは読むのを止めたのでした。

ちなみに、完全に蛇足ですが、引き続き読んでいた『みずきの女子知韓宣言』も、2016年09月28日の記事(http://oboega-01.blog.jp/archives/1061345651.html)のコメントをきっかけに、ちょっと足が遠のくようになりました。
この記事、コメント欄で、被爆者認定制度が韓国人に適用されるかどうか『日韓基本条約で解決済みだ』と主張されている方が多かったのです。

私、法学部時代に、この制度の適用範囲関係について、法律闘争を描いた内容の歴史を描いたTV番組を見せられており、韓国人でも被爆者手帳を申請は出来ることを知っておりました。
1978年に、日本の最高裁が、被爆者手帳の交付を求めた韓国人を勝たせて、日本政府を負けさせています(http://www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/seek/seek5-02.html)。

だから、現在の制度下では、韓国人だろうが誰だろうが、日本人同様に被爆した証拠を添えて被爆者手帳を申請した場合、日本人同様に審査を受け、被爆者手帳を交付されるという流れが当たり前であるのです。
無論、証拠不十分で申請却下されることもあるわけで、だからその証拠とか証言の信憑性とかで揉めて裁判になる事はありうるのですけども、『韓国人だから手帳は交付しない』という結論にはなりようがないのです(=もし行政がそういうことを言ってしまえば、裁判起こされた場合に行政側が確実に負ける)。

情報の欠落したまま、誤った知識で他者をたたきたい人がこの界隈に大勢居るという現実を、この時の記事コメントで思いっきり突きつけられて、それで足が遠のいたのでした。
それから昨年春あたりから森友問題とか色々政治的なニュースがありまして、今の心情は、正直、当時よりはアンチ安倍政権側です。
どんな話題であれ、常に情報の真贋を見極めることは大事なことだし、他者を批判するにしても、自分の価値観と姿勢を省みることが本当に本当に重要なのだと、心から思います。

以上、長文失礼いたしました。___________

コメントありがとうございました。

変だと思って離れた人の声って、ブログを読んでる人には届かないんですよね。2ちゃんねるんは監視員( NG氏と取り巻き数人)に占領されてました。私ですら?と言う言い方も変だけど、私もおいだされたほどでしたから。

いじめの件を見るたびに思うのです。

誰もがおかしいと思っていても、声を上げない。自分がターゲットになるのが怖くて。

同じ状況が日本中に生じています。

声が大きいのはクレーマーで、それと間違えられたり。

余命問題は箱庭ですけど、箱庭には社会がそのまま凝縮されてもいると私は思ってヲチしてきました。

このことは、多くの人たちの人生に影響があったと思います。人を笑うのは簡単だけど、よりよい社会になるきっかけになってほしいです。

少なくとも、弁護士会には懲戒請求制度の仕組みを考えてほしいです。ネットなんてものがなかった時代と今は変わってきている状況に、対応して欲しいです。

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(追記します)

記事内でのコメントを見直していて、意味が変わる誤字を見つけたので訂正させてください。『同じことに気づいた方が2chに居られて~』の行です。

誤:余命ブログ『を』さも仰々しく秘密の場所で教えてもらったみたいに記事内で礼を書いていて、それでちょっと引いたのでした。
正:余命ブログ『では』さも仰々しく秘密の場所で教えてもらったみたいに記事内で礼を書いていて、それでちょっと引いたのでした。

記憶の限り、お礼が仰々しいと感じたのは余命ブログの記事でした。2chの指摘コメントではありませんでしたので。

コメント投稿後に改めて考えましたが、政治に限らずあらゆるジャンルにおいて、どんな事柄でも「所詮は箱庭の話題」なのだと思います。
全世界の人間が一斉参加するような話題・ジャンルなんて、存在するわけがないのですから。

どんな話題でも結局は一部の人間が関心を持つという箱庭の話題で、
その中で扇動したり疑問を抱いたり反対したり賛成したりする者が居るのだと、そういう構造が共通しているのだと思います。

もちろん、ありとあらゆる意見に触れることなんて、人生の限られた時間の中では絶対に出来ません。

ただ、激情を煽ろうとする者に対しては、その激情が世界の中で唯一無二の意見なはずがないし、
激情に煽られた者で盛り上がる世界について、絶対にその外側からシラけた目で眺めている者が居るはずだ、と、そういう目線を持ち続けること。
とても難しいことだと思いますが、誰かに絡め取られてリアル社会で足元をすくわれないためには、絶対必要なのだと思います。