1898. 舌鋒

私が小学生の頃、「勉強だけ出来てもねぇ」と、学校の先生たち=日教組はヤンチャな子の味方だった。

中学校の時、不良真っ盛りの時代に、バイクを盗んだこと自体は一切咎められない歌が流行った。学校の廊下をバイクが走り、トイレで不良同士がセックスをし、体育館裏でカツアゲ=恐喝が日常の荒れた中学だった。あの頃は、「不良は見た目はワルだけど、心はピュアなんだ」というのが定番の伝説だった。

バブルの頃、派手に遊ぶのが嗜みとされ、ヤクザと知り合いだと言えば箔がついた。

私はいつも一人で違うと思ってきた。

間違っていることを間違っていると指摘すると、和を乱すと咎められる。

この10年、リアルで私は戦って、とうとう私の読み通りの結果が出て、相手が間違いを認めた。上層部が変わったのだ。しかし10年は長い、失ったものは大きく、組織の弱体化は止められなかった。日産や神戸製鋼のような記者会見を開くようなことにはならないのだけが救いだった。

途端に手のひらを返したように「自分も同じことを思っていたのよ、でも怖くて言えなくて」と、私の勝利が確定してから言い寄ってくる人(特に女性)は多かった。その時は見て見ぬフリをし、絶対に声をあげなかった、か弱き者たち。私に「身のためにならない」黙れ、黙れと同調圧力をかけ続けてきたご立派な方たち。よくもそんな嘘を平気でつくなぁ、と思う。

しないというのは無いのと同じなのだ。寄り添うことを善とする女性脳と、行動することを善とする男性脳、私の頭蓋骨の中には男性脳が入っている。

でも、顔では笑って「しょうがないよね、怖いもんね」と女の顔して私は言った。

私もたまには嘘をつく。優しい優しい嘘をつく。

一人でと書いたが、実は違う。オセロの石がヒックリ返るように、一人、また一人と、声をあげる人も10年の間には少しづつ出てきて(最初は空気を読めない人が無邪気にやってくれたことだった)、途中で一人、大物が賛同してくれてからは目端の聞く人は私の方に乗ってきていた。最後、上が変わったのは駄目おしだった。途中で相手側で不始末から脱落した人がいたのも勝因だった。

物事はいつも同じ経過を辿る。不思議なくらい似ている。

二度あることは三度ある。(というより、もう何度も見た。)

私はたまにしか地元には帰らない。しかし、地元では敵対していたはずの人間たちの間で、あいつと知り合いだったと語られているらしい。

それが「親同志」の会話で繋がるのだから、わけわからん。

こっちは「XXって知ってる?覚えている?」と親に聞かれても、ろくろく覚えちゃいないのだが。

30年もたつと、そうなるのか。

モブキャラよりも、ラスボスに私はなったのだなと、嬉しく思う。

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