1535. 匿名のユダ

  • 匿名

    T.K.さん、こんばんは。
    信濃さんへの伝言となりますが、お許しいただけると幸いです。公開のオン・オフはT.K.さんにお任せしたいと思います。
    信濃さん、こんばんは。最 近、私がよく見るYouTube動画に西部邁氏の討論番組があります。そんな中から、内容を上手くお伝えする自信はありませんが、私なりの言葉で書いてみ ます。「義」によって国は形づくられ「理」が生まれる。「理」よっては国は生まれないという話であったと記憶しています。
    その番組の中で、特攻隊 員に関するお話がありました。特攻隊員の最後の手紙には、家族のために戦うという言葉が圧倒的に多かった。お国のために戦うという言葉が多くてしかるべき ないかと疑問に思うかも知れない。しかし、それは決して矛盾することではなく、国を護るという「義」が、ひとりひとりの隊員の中で家族を護るという「理」 になったのだ。「義」から「理」が生まれる過程には一種の様式があり、それを美しいと感じることは、決しておかしなことではない。そんなお話でした。

     

    私 見となりますが、悪魔ブログが義とするものは余命ブログを糾弾することであり、読者がだまされないようになどという悪魔のささやきは、いたずらな理にすぎ ません。仮に読者を救うことが悪魔氏の義だとしても、人を巻き込もうとする様子から見えるのは身勝手な理しかありません。当たり屋のごとく余命が釣れたと 喜ぶような輩に、やさしさにあふれた「義」などあろうはずがありません。

    もっとも私がこのように言えるようになったのは、余命二代目のお 言葉を読んだ後でした。信濃さんのブログにコメントした時には、未だ漠然とした不安を抱えたままで、私には、あのようなぼんやりとした書き込みしかできま せんでした。(後悔はしたくないので、あれが自分の役目だったんだと言い聞かせています)

    次回は、心おきなく印鑑を押せると思います。特に悪魔のささやき関連には押しまくってやります。

    2017年09月27日 21:31
     以上、照千一隅コメント欄より引用、
    以下、神州再生を願うブログのコメント欄と余命記事より引用

    盲人が無闇に前進しようとすれば、周囲を巻き込んで転倒するのが関の山ですからね。
    時には立ち止まって目を開くことに専念するのが、自身の為にも関わりを持つ全ての人の為にもなるかと思います。
    水を差すようですが、焦らずご自愛ください。

    http://yomeinomatome.blogspot.be/2017/09/blog-post_23.html

     

  • 相応の覚悟に敬意を表します。
    御身大事に。

 

  • 人間は自分なりに思考して行動しているつもりでも、その実他人の言動に踊らされているだけ、ということが少なくありません。
    自分の存在に揺らぎを感じたなら、暫し黙して内省し自分の原点を見つめ直すことです。
    間違えない人間などいません。人間の真価は、他者から間違いを指摘された時の在り方で決まります。
    間違えた自分を自分で許し、それを改められるかに懸かっているのです。

 余命ブログ、2017年9月23日記事「1911 2017/9/22アラカルト③」

  • 匿名

     信濃太郎氏が弁護士に言い負かされて、ツイッターで敗走した上にブログで余命チームに疑問を呈するエントリーを上げてしまいました。どうやら悪魔氏のブ ログを読み込んでいたようで、心理的に取り込まれてしまったようです。残念ながらここ一番で「無能な働き者」になってしまわれました。

  • 信濃さん、こんばんは。

    >したがって余名の記事に違和感を感じたり批判する方はそれだけで反日が確定する。
    ・・・
    私も当初この言葉に戸惑いましたが、余命爺様が強かな賛同者を募るためのハードルだと捉えています。(今は6次のハードルでしょうか)
    これを警告と受け取れば、昨今の悪魔氏のことを言い当てているようにも思えます。

    余命界隈を箱庭にたとえていた悪魔氏ですが、つまんないと言って箱庭を出て行き、やさしくなって戻って来たような。やさしい悪魔なんてありえない・・・

匿名 2017年9月20日 18:42

信濃さん、こんばんは。

趣向を変えると言いつつ、早くも退散されるようです。悪霊じゃあるまいし・・・
悪魔のささやきも読み解くのが難しいですね。

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