485. 無知の知

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「無知の知」をご存じでしょうか。これはいわゆる哲学の用語です。学者であるソクラテスの発言をきっかけとして現在にまで浸透しているものです。

大学時代などに哲学の講義を取っていた方は、聞いたことがあるかもしれません。この記事では、そんな「無知の知」について解説していきたいと思います。

ソクラテスは、様々な知恵者の人物との会話をしていて、自分の知識はまだまだ完全ではないが、しかし知らないことがある=無知であるということを知っているので、知恵者を自称している人よりは少し優れていると考えました。

知恵者と自称している人は自分が完全であると自称しているということです。そのため、そうはいっても知恵者にもきっと何らかの知らない知識があったり、考え不足があることを考えれば、ソクラテスは知らないということに自信があるため自分の弱点を認めています。

知らないことを知らないということができる勇気こそが、無知の知というわけですね。

この言葉は、日常で相手と会話している中で会話に取り入れるようなものではありません。

「あなたの話を聞いて思ったが、あなたと較べると私はまさに“無知の知”だ」などと言ってしまったら、100%怒りを買います。相手を下に見ているということになるためです。

しかし、相手が知らないことを知ったかぶっている、または知っていると思っているけれどそれほど詳しいわけではなく穴があると感じたときは、まさに「無知の知」が当てはまります。心の中でそう思うのは自由です。

(以上、引用)

余命は自民党にも安倍首相にも繋がりはない、余命は法律家ではないと本人は言っている。そんな爺様の勝手な法律解釈こそが正しく、地検が間違っていると言い張る方たち(←余命様自ら筆頭に)には、おそらく理解されない概念だろう。

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